第42回「降車ボタン」《ハシ坊と学ぼう!⑩》
評価について
本選句欄は、以下のような評価をとっています。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。
特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。
「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考える。それが最も重要な学びです。
安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません。己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。
疫禍去り嬉し門出や卒業子
風譚
朝寝して園児バスの柄五月蝿い
ぎゅうたん
「朝寝して」からの時間軸が長すぎます。
雪焼や7km引く犬逆毛立つ
夏蜜柑久楽
「第38回「モンゴルのいぬぞり」《ハシ坊と学ぼう!⑫》で季重なりになった句〈雪焼けや7km引く犬の息白し〉を推敲しました。7キロもそりを引いて走ってくるいぬぞりの勢いを、逆毛が立っている様子で表してみました」と作者のコメント。
「7km」と具体的に書いた点はよいのですが、中七は極力七音にするのが定石です。もう一息の推敲を。
冬蛍止まりますランプ妖しけり
イシカワナオキ
「けり」に接続する場合は、「妖しかりけり」となります。
起きぬけの止まりますランプなごり雪
イシカワナオキ
バス停は長蛇抱っこひもに斑雪
藤央
「二〇二四年二月初旬、大雪が東京に降りました。どうしても出かけなければならない用事があり、一歳の息子を抱っこひもで抱っこして出かけたのですが、早めに出たにもかかわらず、交通機関は雪で遅れバス停に長蛇の列ができていました。傘を差しているにもかかわらず、抱っこひもには雪が飛び散り、払っても払っても雪は降り続けるばかりで、抱っこひもは雪がまだらに降り積もっていました。その様子を句にいたしました」と作者のコメント。
描こうとしている光景はよいのですが、「斑雪」という季語の選択に問題があります。「斑雪」とは、雪がまだらに降り積もっている様です。「抱っこひもに」という設定に無理があります。「抱っこ紐にわた雪」ぐらいにしておくのが、無難ではないかと。
壬生の鐘降車口へといざる心(しん)
蛇の抜け殻
「降車ボタンからバスを連想しました。バスが壬生の停留所に近づいてきた時、壬生狂言の鐘が『ガンデンガンデン』と聞こえ、混んでいるバスの中で、気持ちだけ降車口へ急いでいる状況を、詠んでみました」と作者のコメント。
下五「いざる心」は、一種の説明です。動作を描写しましょう。
目借時ブザーにぴくり襷掛け
新米にぎりめし
新社員エレベーターで目が泳ぐ
暁月
春日差車掌起こすや通学児
山本美奈友
「車掌は通学児が下車する停留所を知っており、寝ている子を起こして降りるよう促しています」と作者のコメント。
中七は、一瞬、車掌を起こしている? と読めてしまいます。「車掌が起こす」とすれば、誤読は回避できますね。
降車ベル母指示指拳が野遊の
藤田ゆい
下車ブザー空蝉淡く自壊する
くくな
発想は悪くないですし、「空蝉淡く自壊する」には詩もあります。ただ、下車ブザーとどう繋がるのか。そこが、ちょっと強引。
山手線降りられしまま新社員
和はん
「慣れない満員電車に乗り、降車駅に着いても降りられない新入社員の姿を詠みました。もしかすると、会社に行くのをためらっているからかも知れません」と作者のコメント。
「降りられしまま」が、作者の思いとは違う意味になっています。「降りられぬまま」と書くべき。
初買いやバス停まだかと孫の指
いっちょうかみ
「初めてのお買い物を頼まれて、降りるバス停のメモを握り締めて、バス停が今か今かと、押しボタンに指を添わせている孫の様子です」と作者のコメント。
「初買い」も新年の季語。バスに乗っているというよりは、バス停まで歩いている? とも読めます。
初乗りや孫押し忘れ誰のせい
いっちょうかみ
「初乗り」は、新年の季語になります。作者の思いと、字面の間に溝がありそうです。
船を漕ぐ通勤電車春の夢
肴 枝豆 (さかな えだまめ)
上五「船を漕ぐ」と下五「春の夢」は、ちょっと近いですね。
みんなのボタン気にせず押せた麗ら
苺加
「みんなのボタン」とは、どういう意味なのか。読みを迷います。
菜の花忌降車ボタンは浄土前
かたくり
「忌」日の季語に対して、「浄土前」は少々つき過ぎです。
1番に下車ボタン押す春の風
ななな
春霞誰も降りなゐ停留所
のはらいちこ
母指で押す孫の手袋産科前
Steve
何を押したのか、分かりません。更に、孫が押したのかどうか、そこも明確ではありませんねえ。
桜雲やひと駅前で下車ぼたん
Steve
終点は父母来し蓮池手を伸ばす
佳辰
「よく家族で植物園の蓮池に行きました。今、両親は別の蓮池にいますが、私がそこに行ったら手を繋いでくれるのでしょうか?」と作者のコメント。
両親と一緒に来たことのある蓮池、という意味ならば、「父母と来し蓮池」とすべきでしょう。
潔癖症袋手しつつ汗滲む
佳辰
中七「袋手しつつ」とは、どういう意味でしょう。
落涙す碧き瞳よ冬の駅
西山
「落涙す/碧き瞳よ/冬の駅」と上五が終止形、中七が「よ」の詠嘆なので、三段切れになっています。「落涙せる」とすれば、ひとまず三段切れは回避できます。