写真de俳句の結果発表

第61回「鯛焼屋の行列」《地》

評価について

本選句欄は、以下のような評価をとっています。

「天」「地」「人」…将来、句集に載せる一句としてキープ。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。

特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。

「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考えるそれが最も重要な学びです。

安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。

第61回「鯛焼屋の行列」

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あの人は火事で会うひと特売日

七瀬ゆきこ

どっかで見たことある人だなあと、首を傾げているのです。顔に見覚えはあるのに、名前は一向に思い出せない。お互いにそんな表情でいるのかもしれません。

ひょんな拍子に思い出したのが、「あの人は火事で会うひと」だという事実。「火事」が冬の季語であることを思えば、寒い火事場にわざわざ出掛けていく野次馬同士というオチも面白いですね。

更に、下五「特売日」に限ってこのスーパーで会うのだという、あらがえない共通点もまた、悲喜交々の可笑しさです。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

行列の少し動いて秋ですね

里山子

何の行列かは書かれていませんが、中七下五の言い回しに、実感があります。口語の語りが、いかにも効果的ですね。

人気店の前でしょうか、展覧会などの行列かもしれません。微動だにしなかった列が、ほんの少しだけ動きます。列の前後の見ず知らずの人たちと、会釈を交わしたり、「秋ですね」などと当たり障りのない会話をしたり。言葉にしてみると、麗らかな秋が改めて実感される。そんな短い時間がありありと再生される一句です。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

鯛焼や分割できぬ古き家

雪音

「鯛焼や」という大胆な詠嘆から始まる一句。中七の頭に「分割」とあるので、鯛焼を分ける? と思いきや、相続問題へ繋がっていく展開が巧いですね。

親が死んだ後に残った「古き家」は、安易に分割はできません。売り払おうにも、買い手のつきにくい物件なのかもしれません。

「鯛焼」ならば、分割できるのに。子供の頃は、なんでも仲良く分けっこしてたのに。そんな思いも胸を過ぎるのでしょう。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

へなへなの鯛焼きと吾の給湯室

ぐわ

「鯛焼き」は、上司からの差し入れでしょうか。熱々のぱりっと香ばしい鯛焼きが届き、一息入れましょうかと、お茶を入れる。課全員分のお茶を入れ、配って回り終わる頃には、自分の分の鯛焼きはへなへなになっています。

「へなへなの鯛焼き」のアップから始まり、「給湯室」で終わる語順が効果的。しかも、「吾の給湯室」とすることで、お茶を入れる等の仕事を常に引き受けているのが「吾」であることも、さらりと伝わります。「へなへなの鯛焼き」と冷めたお茶。会社勤めのアルアルの悲哀です。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

おばちゃんのがやっぱノーベル鯛焼賞

阿部八富利

部活帰りの中高生の軽口がそのまま俳句になったような一句です。「ノーベル鯛焼賞」というユーモアのある賛辞もさることながら、「やっぱ」の一語が「おばちゃん」の自尊心をくすぐります。

今川焼、回転焼、たこ焼など、他のものと比較すると、「鯛」の一字の目出度さが、一句のそこはかとない隠し味です。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

お悔やみ課終えて鯛焼き半分こ

春野あかね

「お悔やみ課」とは、家族などが死亡した際の色々な手続きを、一手にサポートしてくれる窓口でしょう。

心は悲しみでいっぱいなのに、やらねばならぬ事は山のようにあります。様々な課の様々な書類を一手にチェックしてもらい、思ったよりもカンタンに終わった手続き。市役所を出て、ホッとして、近くの鯛焼き屋に立ち寄ったのでしょうか。下五「半分こ」によって、一人ではなかったことが分かります。死後の雑事も、悲しみも、鯛焼きも、分け合える人がいる。癒やしの餡子です。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

倦むものに蠅、行列の馬鹿ップル

舞矢愛

もの尽くしの一句。『枕草子』にもありますが、「○○なもの」と定義して、それに該当するものを幾つか並べる型です。

とはいえ、この句の場合は「蠅」の他に並べられているのは「行列の馬鹿ップル」のみ。もの尽くしとしては、かなりストレートな試みです。読点を入れたことで、蠅よりもウザイ感じがして、その判断も成功しています。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

鯛焼を裂いてンと差し出す女

江口朔太郎

鯛焼を、「分けて」でも「割って」でもなく、「裂いて」というところに、この「女」の性格や風貌を読み解く鍵があります。豪快な女というべきか、粗雑な女というべきか、しかしそのざっくばらんな感じに惹かれているのかもしれず。「差し出す」相手とはどんな人物で、どんな関係なのか。そんな事をあれこれ想像して、楽しませてもらいました。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

鯛焼食む毒親だけど母である

伊藤映雪

一緒に鯛焼を食べているのでしょうか、子供の頃、母が買ってくれた鯛焼でしょうか。はたまた、夕飯として与えられるのが鯛焼だった日々を思い出しているのだろうか……と、様々な場面が浮かんでは消えていきます。

静かな諦めなのか、根の深い悲しみなのか、強い憤りなのか、逃れられない血脈への嫌悪か。中七下五の呟きに「母」への複雑な感情が渦巻きます。

時節柄というのもあるのかもしれませんが、今、公判中の山上被告の裁判と、この一句が重なって仕方ありません。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

鯛焼屋起点に赴任地の町を

海色のの

初めての赴任地。引っ越しの日に見つけた鯛焼屋かもしれません。美味しい鯛焼屋さんを見つけ、ちょっとテンションが上がっているのかもしれません。

引っ越しの荷物の片づけが終われば、新しい町と馴染んでいかねばなりません。「鯛焼屋」を起点に、暮らしの地図が広がっていきます。下五の助詞「を」の終わり方が効果的な作品です。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき