第45回 俳句deしりとり〈序〉|「がや」②

始めに
出題の句からしりとりの要領で俳句をつくる尻二字しりとり、はじまりはじまり。


第45回の出題
兼題俳句
軒下の紫陽花あがれない我が家 けーい〇
兼題俳句の最後の二音「がや」の音で始まる俳句を作りましょう。
※「がや」という音から始まれば、平仮名・片仮名・漢字など、表記は問いません。
「~がや」「~がや」と名古屋のいとこ西瓜割
栗田すずさん
~がやといふ語尾の国赤味噌仕込む
百夏
「がや」という尾張の国の語尾に秋
東九おやぢ
「がや」とふ語尾の飛び交う街や秋暑し
ピアニシモ
「がや」の会話も聞き慣れ秋日和
赤味噌代
「がや」の語尾に同郷と知る年忘れ
朗子
「がや」の飛ぶ友との会話秋の風
佳辰
がやの語尾つく名古屋弁虹だがや
おこそとの
がや言えば親戚だがや名古屋河豚
青野みやび
がやと付く白靴似合う叔父の語尾
胡麻栞
「~がや」なんて言わんし花の撓神事
みづちみわ
ちなみに「花の撓神事」は名古屋の熱田神宮などで行われる祭礼。五穀豊穣や商売繁盛を祈るそうです。さすが、季語のチョイスも名古屋由来の取り合わせになっているとは、配慮が行き届いております。


「ガヤ」ならば「熊谷」の名の暑さかな
植木彩由
「ヶ谷」という地名の由来おでん鍋
坂野ひでこ
「ヶ谷」のつく駅をめぐるや秋高し
鳥乎
「ヶ谷」のつく街は東に秋の空
山川腎茶
「ヶ谷」の名の都に多し秋出水
二城ひかる
ヶ谷のヶの無しは世田谷天高し
ゆりかもめ
ヶ谷のつく街古地図を広げ秋散歩
いしとせつこ
ヶ谷の付く地名探しや秋茜
落花生の花
ヶ谷聞こえ閉まる扉の朝霞
暮待あつんこ
「ヶ谷」の付く苗字九十五件冬
すそのあや
「がや」ならば阿佐ヶ谷姉妹小春凪
牛乳符鈴
が~やんの着ぐるみボロ市に呑まる
阿部八富利
なお《阿部八富利》さんの句に登場する「が~やん」は世田谷区の公認キャラクターだそうです。商店街のイベントやお祭りに登場するらしいので、世田谷のボロ市に行けば会えるのかも? 人出に押されて呑み込まれていく着ぐるみを想像するとなんだか哀愁漂うなあ……冬の季感が活きておりますわい……。


蝦夷眼張(がや)煮付ける甘辛き醬油の香かや
宙海(そおら)
「ガヤ」は方言蝦夷眼張です北海道
沙魚 とと
「ガヤモドキ」図鑑めくりて秋時雨
鍋焼きうどん
ガヤの目をスルーできない魚市場
七瀬ゆきこ
ガヤばかり江差漁港の夜長し
西川由野
がやばかり釣れても嬉し初釣果
北川茜月
がやめばる海なし県の鮮魚店
馬場めばる
がやめばる骨取る君の指きれい
大森 きなこ
がやめばる世を倦み海を飛び出せり
真夏の雪だるま
ガヤよりもソイを釣りたし秋の夜半
細葉海蘭
ガヤよりもワッター秋の麒麟草
多数野麻仁男
ガヤ一尾足取り重き夏の夕
北斗星
ガヤ競れば夜明けの冬の海しづか
一寸雄町
ガヤ持ち込む深夜食堂春の星
ユリノキ
がや煮たり目をこすったりして夜長
豆くじら
ガヤ煮れば蝦夷の香厚き冬支度
沼野大統領
がや焼きの小袋一つ蝉時雨
和脩志
がや焼きを投げ食ってやり過ごす秋
加納ざくろ
ガヤ釣りの遊漁船かな朝霞
碁練者(ごれんじゃー)
ガヤ釣れてガヤしか釣れず秋夕焼
黒猫
ガヤ釣れてまたガヤ釣れて夜釣人
海色のの
ガヤ二匹のみ釣果なり秋の風
えりまる
ガヤ友ガヤ釣り三平汁だがや
ガジュマル新山
ガヤ踊る竿の先には秋の空
はま木蓮
ガヤほろほろ何もない春の煮付け
山姥和
ガヤの眼を味噌汁にして天の川
千葉水路
ガヤの眼を蝦夷の雪の降り積る
内藤羊皐
「ガヤ」こと「蝦夷眼張」はその名の通り、北海道などでよく獲れるメバルの仲間。《宙海》さんが「蝦夷眼張(がや)」ってルビつけてくれたの助かるわあ。読み方知らないとどこが「がや」なんだ……? ってなりますからね。名前の由来を調べてみると「がやがやうるさいくらいたくさん釣れるから」との説もあり、疎ましがられるのかと思いきや美味なのだそうです。最高じゃん。
句としては、《山姥和》さんと《千葉水路》さんの生活感と詩情が一体になった二句と、《内藤羊皐》さんの静かながやの描写が好き。釣り上げてぞんざいに放られたがやが、その大きな眼にも雪を受けながら命を失っていく静けさ。《山姥和》さんの「何もない春」のそっけなさといい、がやに対する感覚が、たくさん釣れる魚だからこその軽さで描かれてるのが、他の魚ではなく「がや」である必然性を生んでます。釣人のリアリティを感じますなあ。


ガヤルの太き角ゴアの冬三日月
明 惟久里
ガヤルの輪に幼き匂ひ春動く
がらぱごす
ガヤールの雄牛の集団溽暑かな
銀猫
こちらも生物。「ガヤル」または「ガヤール」はミャンマーなどに生息する牛の一種だそうです。野生種は「ガウル」という名であり、これを家畜化したのが「ガヤル」であるとか、ビミョーに詳しいことがわからなかったりはするんですが、牛なのは間違いないですね、ハイ。《がらぱごす》さんの「ガヤルの輪」は群れの集団の描写でしょうか。生まれて間もない仔牛がガヤルたちの輪の間をおぼつかなく歩いてるのかもしれない。のどけき春を命はすくすく育っておりまする。


「蛾やで」って「はちどりきれい」と告ぐ夫へ
古み雪
「蛾やんけ」と払うメニューの油染み
よはく
蛾やったら間におうてます売るくらい
鹿達熊夜
蛾やで蛾やでアンタの部屋に産んどくで
いかちゃん
蛾やだなと網戸裏から突いてみせ
希凛咲女
蛾やっとこ逃げて入る家
万里の森
蛾野郎め白壁に痕遺すとは
池田義昭
蛾夜行性きっとうつ病なのだろう
染野まさこ
ガやヤモリ集う弱肉強食の窓
清松藍
蛾やいつそ一緒に夜を明かさうか
かときち
蛾やお七まどはす炎いまも揺る
飯村祐知子
蛾やコバエ蚊にも電撃殺虫器
⑦パパ
蛾やたらと音ばかりたてのち死ぬる
ぐわ
蛾やたら木の電柱の白熱灯
横山雑煮
蛾やといふ父の頭を蝶かすめ
甲斐杓子
蛾やと祖母裸電球弱々と
瀬文
蛾やら蔓やらどうやら今夜の宿
うーみん
蛾やら来る影に「おやすみ」ティピテント
駒月 彩霞
蛾や蛾やと呼ばれ「てふてふ」飛んで来る
舟端たま
蛾や蜘蛛の夜会や自動販売機
木村弩凡
蛾や昼は陰や日影の霊なりや
納平華帆
蛾や蝶のさなぎの不思議神の留守
中岡秀次
蛾や蝶のやうに舞ひたし野路の秋
岸来夢
蛾や蝶の羽根はらはらと蟻の列
広島じょーかーず
蛾や蝶は同じ仲間ぞ鱗翅目
小田毬藻
蛾や蝶や季節たがえて花も宴
無才句
蛾や蝶を刺す針の音夏の果
山内三四郎
蛾や蝶を秋の教室放し飼い
紅紫あやめ
蛾や蝶を描き分けられて光琳忌
天弓
蛾や夜蛾よそは美しきまれびとよ
すけたけ
蛾や浮塵子呼ぶ灯の怪し無人駅
石田なるみ
蛾や風や自動ドア前牢に告ぐ
柑青夕理
蛾や怪しラメで縁取る女の目
えみり
蛾や似つかぬぞ空にかかる眉とは
あがりとむらさき
蛾やシャッター街に一軒の酒屋
令子
蛾やたとえ花にとまれど蜜吸えど
藍創千悠子
蛾や鍵のとおくちゃらつく間隙を
ツナ好
蛾や失恋初日に滲む常夜灯
天六寿(てんむす)
蛾や静止す茶の間の天井に
希子
蛾や我は星だけに言う君の事
しみずこころ
蛾や我ら昼間の孤独警備員
真秋
蛾や灯を潜る梁に楔の紋ひとつ
小山美珠
蛾や二階角部屋信号機横の
青に桃々
蛾や眉のきはやかにしてうらがへる
清水縞午
蛾や網戸にて即身仏にならむ
香亜沙
蛾や夜はサンスクリット語めく黙
鰯山陽大
蛾も多かったですねー、実に多かった! 投句数でいえば「がやがや」に次いで第2位なんじゃなかろうか。お仲間は多かったですが、描き方のバリエーションが様々なので読んでいて楽しいですね。会話調の軽やかさもあれば、助詞「や」で蛾となにかをセットにしたり、詠嘆して蛾を際立たせたり。しりとりの条件を満たしつつ、季語も入れ込んでしまえるの、最高に効率良く進めてるっていうかRTA(Real Time Attack、リアルタイムアタック)感ありますね。
《染野まさこ》さんや《真秋》さんのマイナスな心理を前面に押し出した句にも個人的には大いに共感するのですが、《青に桃々》さんの映像描写のなかに退廃的なものを感じさせる抑制したやり方も良いなあ。夜の間中、一定間隔で信号の明滅を受け続ける「二階角部屋」。その灯りに集まってる蛾のシルエットがおぞましく、この世界から抜け出したくなります。


蛾焼きたる火の粉に未練宿るらし
岡根喬平
蛾焼け落つ淡き誤解は解けぬまま
紫黄
蛾焼かれし呪詛に動けぬ牛車の灯
山本八角
夏の夜、灯に集まってくる虫全般のことを火取虫といいます。また、特に火の周りに集まる蛾のことを「火蛾」ともいいます。この三句で描かれてるのは、その結果焼かれてしまった蛾のなれの果てでありましょうか。うーん、《山本八角》さんの句は「焼かれし呪詛」って連体形で繋がってるし、ひょっとしたら平安時代の陰陽師の呪詛とかかもしれないけど……。その呪詛で牛車を呪縛するってのがコワくていいねえ。好きだよ、そういう世界観も!
〈③に続く〉



