写真de俳句の結果発表

第65回「バスからの眺め」《ハシ坊と学ぼう!③》

ハシ坊 NEW

バスからの眺め

評価について

本選句欄は、以下のような評価をとっています。

「天」「地」「人」…将来、句集に載せる一句としてキープ。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。

特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。

「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考えるそれが最も重要な学びです。

安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。

三日目の富士の威風や祖父逝けり

喜齢

夏井いつき先生より
「三日」を新年の季語としているのでしょうか? だとすると、「目」が問題になってきます。もしそうならば、「三日なる」とすれば問題はありません。人選に推せます。逆に、旅の「三日目」? 故郷の戻って三日目? 危篤の三日目?……ということならば、「三日目の富士や」と詠嘆して、余った音数を使って、季語を入れる工夫をしてみましょう。
“ポイント”

高みより人の世の末見届けて

広瀬泰子

夏井いつき先生より
「あえて季語を入れませんでした」と作者のコメント。

やはり、季語は入れたほうが得です。「高みより人の世の末」とすれば、見届けようとしているのだなあということは読者には伝わりますので、下五にご自身(あるいはモデルとなっている人物)を象徴するような季語を入れてみましょう。作品が俄然とよくなりますよ。
“参った”

登山杖お前と来なむ花畑

ふくのよきしま

夏井いつき先生より
「家内と来たかったなあ。花畑でAIで調べて『来なむ』にしてみました(?)」と作者のコメント。

「お花畑」とすれば、これが季語になります。となると、「登山杖」が不要になりますね。逆に「登山杖」を季語にしたいのならば、無理に「花畑」を入れなくてもいけます。さらに、実感を語りたい時は、無理に文語にしなくても、口語(普通の話し言葉)でもよいのですよ。
“参った”

バス去りぬ隼の鳴く朝凪に

宇野翔月

夏井いつき先生より
「あっという間に俳句を始めて六年目に入りました。そろそろ意図的な季重なりも挑戦しようと思っていますので、この句を詠みました。このように『隼』の鳴き声で『季語の道具化』をして、隼を朝凪の背景の立場に置く意図は成立すると思いますが、なかなか確信はできません。何卒ご教授ください」と作者のコメント。

「季語の道具化」という言葉の真意は掴みかねますが、季重なりをテクニックとして身につけるための、幾つかの基本はあります。この句の場合でしたら、どちらかを主役に、どちらかを脇役にする方法がそれにあたります。「隼を朝凪の背景の立場に置く意図」というのが、たぶんそれだと思われます。

ただ根本的な話ですが、「隼」が冬の季語で、「朝凪」が夏の季語であるという季節感の溝が、読み手としてはなかなか埋めがたいものがあります。
“参った”

鳳凰雲山に向かうはレンタカー

ヨシキ浜

夏井いつき先生より
「兼題写真には、鳳凰のような雲が出ています。『鳳凰雲』は秋の季語になるのではないかと思い、使ってみました。そして山に向かっているレンタカーを思って、句にしました」と作者のコメント。

「鳳凰雲」が季語かどうか? どこかの歳時記に載っているのかなあ?
“ポイント”

旅の夜や至福の秘湯雪が舞う

シマエナガちよちよ

夏井いつき先生より
「東北へのバスツアー旅行で、次々と名所を巡って少し疲れ、宿の温泉に入ってホッと一息ついたことを詠みました」と作者のコメント。

「至福」という言葉は便利ですが、この言葉に甘えず、どんな「秘湯」なのかを描写しましょう。「雪」といえば舞っていますから、「~が舞う」も不要な言葉です。
“良き”

寒晴るる朝や御山をおほう影

古み雪

夏井いつき先生より
「朝日に照らされる富士山を、畏敬の念を込めて詠みました」と作者のコメント。

「寒晴」なのですよね。「御山をおほう影」というのは、何の影なのでしょう? そこが、イマイチ読み解けず……。
“難しい”

初富士やこの道びぃとるずへ問ふ

古み雪

夏井いつき先生より
「山登りが好きでしたが、富士山へは足が向きませんでした。長く曲がりくねった道が辛そうで、ビートルズの歌と重なりました」と作者のコメント。

やろうとしていることには共感します。調べをととのえたいですね。
“難しい”

新緑の中より凛と富士の山

とおる

夏井いつき先生より
「凛と」という言葉はカッコイイのですが、この言葉に甘えずに、徹底的に描写してみましょう。富士のどんな様子が、色が、空気が、風が「凛と」と感じられたのか。そこを映像として描くことができれば、読者はその「凛と」という感想を共有してくれます。
“ポイント”

平伏すスマホが並ぶ床もみじ

チョコ婆

夏井いつき先生より
「バス旅で群馬・宝徳寺の床もみじを見にいきました。床に映るもみじの様をスマホに収めようと、順番に並んで皆が床に這いつくばります。床もみじは勿論美しかったのですが、それよりも、夢中で床に伏す人々の姿が何だか滑稽で心に残りました」と作者のコメント。

作者のコメントを読まないと、俳句だけでは状況が掴みかねます。「平伏」という言葉は、辞書で「両手をつき、頭を地につけて礼をすること。ひれふすこと。また、坐礼の一つで、神や貴人に対して行なう作法」と解説されています。上五で「平伏す」と言い切られると、まさにこのような場面を思ってしまうので、中七下五の意味が分かり難くなってくるのでしょう。
“ポイント”

貝寄風や巨人うなだれ富士を越ゆ

丸山美樹

夏井いつき先生より
「兼題写真の富士山を見たら、“大きな人”のイメージが浮かび、できたら『でいたらぼっち』を使いたかったのですが、富士山と失意も入れたかったので、『巨人』にしました。そういう悪意のない、大きな人がうなだれて富士山を越えてゆくのが見える気がしました。やはり、日本、世界の情勢のせいだと思います。貝寄風の吹く季節がきたのに、という残念さで季語は選びました。北風と迷いましたが、残念さを出したかったです。富士も季語になるようですが……」と作者のコメント。

「貝寄風」は、大阪の四天王寺聖霊会にまつわる季語。住吉の浜に吹き寄せられた貝を集めて供華の筒花を作ることから、四天王寺聖霊会の頃(旧暦二月二十二日)に吹く西風をこう呼びます。上五「貝寄風や」の詠嘆が、どうしても大阪の四天王寺や住吉の浜を連想させるものですから、そこから「巨人」「富士」と繋がっていく展開に、読者の脳がついていきにくいのです。全体的に少々材料が多すぎたのかもしれません。
“ポイント”

富士は佳き風花の道八ツも佳き

老杉

夏井いつき先生より
「中央道を諏訪を超えて東へ向かうと、正面に富士山が遠望され、左手に八ヶ岳がどっしりした姿を見せてくれます。双方とも、若いころに何度か登った山ですが、小生としては夏も冬も変化に富んだ八ヶ岳の稜線歩きが好きでした」と作者のコメント。

「富士は佳き風花の道」はとても佳いフレーズです。下五に八ヶ岳を入れたかったお気持は分かりますが、富士と風花で一句、八ヶ岳と風花で一句。二句に分けて書かれてはいかがでしょう。
“参った”

てらいなき工場の夜景月涼し

えみり

夏井いつき先生より
「工場の夜景」のどんな様子が「てらいなき」と感じられたのでしょうか。そのさまを描写してみましょう。季語「月涼し」があるので、場合によっては「夜景」と書かなくても、それが分かるかもしれません。
“ポイント”

修学旅行ガイドの手品秋日

昇椿

夏井いつき先生より
「ガイド」は、旅行会社の添乗員? バスガイド? 最後の季語「秋日」が少々窮屈に置かれています。
“参った”

虎落笛旅のざつだん横切りぬ

われもこう

夏井いつき先生より
「虎落笛」が「旅のざつだん」を横切った? 何かが雑談を横切った? 読みのブレが気になります。「横切る」という表現も含めて、一考してみましょう。
“良き”