第65回「バスからの眺め」《地》
評価について
本選句欄は、以下のような評価をとっています。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。
特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。
「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考える。それが最も重要な学びです。
安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません。己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。

地
第65回
冬田へとぷるんと倒れさうなバス
こがもくお
稲の切株が規則的に並ぶ「冬田」。バスは、そんな田に沿う大きなカーブに差し掛かったのでしょう。バスが倒れそうな感覚を詠んだ句は他にもあるに違いありませんが、一句の眼目は「ぷるんと」というオノマトペ。冬の太陽をたっぷりと吸い込んだ枯れ色の冬田に、倒れたとしたら……という作者の妄想を、この表現を通して楽しませてもらいました。

遠足のバス富士山へ傾ぎさう
円堂実花
「わー富士山だ!」という誰かの声に、子どもたちは一斉にバスの片側の窓に集まってきます。そして、口々に「富士だ」「富士だ」と騒ぎ出しているのでしょう。
「遠足」という春の季語が、バスの中の賑やかさや明るさを伝えてくれますし、「傾ぎさう」という大袈裟な比喩にも楽しさが溢れます。

霜焼のますます痒し夜行バス
栗の坊楚材
上五中七は、なんの変哲もない事実を書いているだけなのです。が、「~痒し」と言い切った後に出現する「夜行バス」によって、状況がありありと立ち上がってきます。足元から上がってくる熱。効き過ぎるほどの暖房。ますます痒くなっていく靴の中の指。生々しいほどの「霜焼」という季語の現場です。

湧き水の濁らぬ速さ葱洗ふ
横山雑煮
こんこんと湧く水の描写として「濁らぬ速さ」という観察が秀逸です。冷たい湧き水に葱を洗えば、水底の砂も舞い上がりますが、一切濁ることもなく水は湧き続けます。葱の白さ、冬の水の美しさ、洗う指の冷たさ。読者である私たちは、それらを余すことなく追体験するのです。中七「~濁らぬ速さ」で意味上の切れを入れて、下五「葱」をクローズアップした点も、佳き判断でした。

露天風呂の水平線を春と富士
七森わらび
最近流行の、海や湖に浮かんでいるような感覚が楽しめるインフィニティ風呂でしょうか。たっぷりと湯につかれば風呂という人工の水平線が眼前に広がります。
そして遠景には、いかにも春らしい色合いとなった富士山。銭湯に描かれたそれではない、本物の富士を堪能する至福の時間です。

怒号せり椿の家の閉ぢし門
夏村波瑠
上五で「怒号せり」と言い切られると、デモ隊や荒れた国会が思い浮かびました。が、そんな一瞬の想像の中へ飛び込んでくるのが、「椿の家」という映像。家の中で何が起こっているのか。誰が誰に向かって、あるいは何に向かって怒鳴っているのか。「閉ぢし門」は第三者の関わりを拒絶するかのように静まりかえっているのです。咲き誇る「椿」は、まるで怒鳴る人の口のように赤いのです。

白木蓮あああれがあのアパートよ
渡海灯子
大きな木蓮の木が目に飛び込んできました。すっかり変わってしまったこの界隈だけど、あの白木蓮だけは、変わることなく大きな白い花を掲げているのです。中七下五「あああれがあのアパートよ」という呟きこそが、一句のリアリティであり、大きな魅力。このアパートでどんな暮らしを送ってきたのか、どんな月日を過ごしたのか。読者の想像はここから広がっていきます。

高速のレーン違うし吹雪だし
のんきち
高速道路を走る車の助手席にでも座っているのでしょうか。前半の「レーン違うし」という呟きが、第三者の目線であり、さりげないリアリティとなっています。
更に、下五「吹雪だし」は事情をさらに深刻に畳みかけ、一気に投げやりな不安がにじんできます。切れのない余白に、じわじわと広がる緊迫感もまた。

春は富士の体積知ってるだろうか
百瀬一兎
「春」とは万物に生命を蘇らせる季語です。
富士の裾野は春らしい色合いとなり、山頂に残る雪の面積も減ってきました。冬の富士と春の富士は、体積そのものが違うように思える。この発想そのものが、明るい一行詩として結球しました。
「春」という季語を擬人化するのは一種の荒技ですが、静かな共感を醸し出している技術も褒めたい作品です。

喉元の胃液車窓の雪しまき
すそのあや
中七「車窓」の一語によって、この「胃液」が車酔いのためであることが分かります。喉元まで突き上げてくる胃液と闘いつつ、祈るような思いで眺める車窓。「雪しまき」はますます激しく、車はますますノロノロと進みます。「胃液」と「雪しまき」が対応する位置におかれている表現が、皮肉な対句として効果的です。

