写真de俳句の結果発表

第71回「芒野と風車」《天》

天 NEW

評価について

本選句欄は、以下のような評価をとっています。

「天」「地」「人」…将来、句集に載せる一句としてキープ。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。

特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。

「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考える。それが最も重要な学びです。

安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません。己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。

第71回「芒野と風車」

天

第71回

 

つばめ帰るな原発忌見届けよ

髙田祥聖

 

こういう題材の作品に出会うと、いきなり原発推進だ反対だという観点で議論が進んでしまう場面に遭遇することがあります。原子力発電についての考え方は、諸氏諸々のご意見があろうかと思いますが、まずは、私たちがいるのは文学のフィールドであることを再確認してから、一句の鑑賞を進めてまいりましょう。

前半「つばめ帰るな」は、命令形を借りた祈りの言葉だと解釈できます。燕たちよ、まだ帰ってくれるな(安心して暮らせる社会はまだ実現されていないよ)と、作者の思いが綴られていくのです。

眼目となるのは後半「原発忌」という言葉。これは、主張のためのシュプレヒコールではなく、あくまでも詩語です。原発というモノがこの地上から無くなる日を「原発忌」と呼ぼうではないか。その日を見届けるまで、つばめよ、帰るな、と。

このような時事を詩として昇華するのは、かなりの力技になります。掲出句は、何故その荒技をやり遂げられたのか。それは、「つばめ帰る」という季語を信じ抜いた点にあるのではないかと考えます。

春に渡ってきた燕たちは、日本で雛を育てます。我が家の軒先に、学校の玄関辺りに、燕は毎年戻ってくる、季節の栞のような鳥です。雛が育てば、夏の間は水辺の芦原などで暮らし、秋になると群れをつくって帰っていく。そんな親しみ深い鳥だからこそ「帰るな」という願いを、人々の心に直接的に届けることができるのではないか。「見届けよ」という祈りが、真っ直ぐ伝わるのではないか。そんな思いが結球した一句です。

“夏井いつき”