ドリルde俳句の結果発表

【第3回 ドリルde俳句】①

ドリルde俳句結果発表!

始めに

皆さんこんにちは。ドリルde俳句のお時間です。
出題の空白に入る言葉を考えるドリルde俳句。出題の空白を埋めてどんな一句が仕上がったのか、皆さんからの回答を紹介していきます。
“ポイント”

第3回の出題

両の手 クリスマス

今回の出題は真ん中がまるまる空いている分、自由度が高いです。ポイントになるのは上五の最後。一音分の空白をどう扱うかで展開ががらりと変わります。

両の手汗初デートのクリスマス

陽光

まずは変わり種のご紹介から。上五を「手(て)」ではなく熟語の一部として利用しています。手汗がじっとりとするのも人生のメモリアルということで……(笑)。

両の手札さぐり合ひなりクリスマス ペトロア」はクリスマスのトランプ遊び? 「なり」の言い切りにも妙に緊張感漂う。「両の手羽チューリップにすクリスマス 蒼求」は食材。チキンがクリスマスシーズンらしい。

両の手綱に揺れる鈴クリスマス 城ヶ崎由岐子」「両の手綱日本へ引いてクリスマス かむろ坂喜奈子」は「手(て)」から「手綱(たづな)」への変化。どちらも海外詠の雰囲気があります。後者はどこか戦地の騎兵を思わせて深い。
“良き”
クリスマス

両の手が奏でるハッピークリスマス

お漬物

上五の最後に採用する言葉、比率としては圧倒的に助詞が多かったです。その中でも「が」はかなり主張の強い助詞。この両の手が、その両の手が、といった具合に、「両の手」に感動のポイントが置かれるわけです。ハッピークリスマスのメロディを生むのは優しい両の手であってほしい。

両の手がツリーを飾るクリスマス 豚玉」「両の手がそっと箱置くクリスマス 衷子」、いずれも両の手がなにかの動作をする点が共通しています。手という、肉体の中でも特に動きと結びつきやすい部位であることも大きいでしょう。季語「クリスマス」の世界の中に存在しやすい状況をそれぞれ句にしているので、読み手も一読して光景を想像しやすいですね。

両の手が掘り出す地雷クリスマス 坂野ひでこ」は少し変化球。両の手がなにか動作をしている点は他の句と同じですが、語順が違います。「両の手」→「掘り出す」と先に動きを描いてから、「地雷」という物体を出現させます。仮に《豚玉》さん、《衷子》さんと同じ語順にするなら「両の手が地雷掘り出すクリスマス」となったはず。見比べてみると、原句は中七の最後に「地雷」が出現することで読み手をぎょっとさせる効果がしっかり活きているのがわかります。
“激励”

 

両の手が消毒の香するクリスマス 堀尾みほ」はよく数えると一音多い。「消毒の香の」くらいにしたら七音に収まるか。2020年ならではのクリスマスの光景として印象深い。反面、医療現場とか年中変わらず消毒の香りの手の方もいらっしゃるに違いない、と想像すると感謝と敬意が湧いてくる。

クリスマス

両の手から零るる諭吉クリスマス

はぐれ杤餅

こちらも一音多かったのですが、珍しい形。二音で構成される格助詞「から」で接続しています。「零れる」という動作が発生する場所を表すのに「から」は適切な表現です。同じ効能を持つ助詞に「を」もあります。ぴったり十七音に収めるのであれば「両の手を零るる諭吉クリスマス」とする選択肢もあり。

クリスマス

両の手を伸ばして起きるクリスマス

野良古

「を」を採用してる人はめちゃくちゃ多かった! うーん、と手を伸ばして背伸びする光景。

「この場合の助詞「を」は動作の対象を表します。~を~する。「手を」+「伸ばす」、という具合ですね。「両の手を空に広げてクリスマス 占新戸」「両の手を孫が広げてクリスマス 櫻波」のように動作の方向を示したり、誰がその動作をしていたり、といった情報も追加していけます。

両の手をこすって独りクリスマス タマサン」「両の手をポッケにしまうクリスマス 小澤ほのか」、どちらも孤独。「両の手を温めましょうクリスマス 直」と続けて読むと、孤独な人が缶コーヒーかなにかを抱え込んでいるような風景が思い浮かんで「BOSS」のCMみたい。
“良き”

両の手を組みて讃美歌クリスマス 大橋あずき」「両の手を浄め礼拝クリスマス 夏埜さゆり女」「両の手をひたす聖水クリスマス 飯村祐知子」、それぞれ宗教的要素を含んだ句。両の手を組んで姿勢正しく放たれる声の美しさ。冷たい「聖水」へと手を浸す実感。

両の手を合わせて祝ふクリスマス 惠華」「両の手を合はせて祖母のクリスマス キッカワテツヤ」、必ずお祝い事になると手を合わす人、いますよね。宗派とかはひょっとしたら違うかもしれないけど、感謝の気持ちがあるとついこういうポーズになる。

両の手を星にかざししクリスマス 巴里の猫」はロマンチック。「かざしし」は過去にあった出来事を表現しています。かつて両の手を星にかざしたこともあったなあ、と回想するニュアンス。どんな人生の場面だったんだろう。「両の手を闇に浸してクリスマス 綱長井ハツオ」は想像の幅が広い。真っ暗な部屋を思ってもいいし、夜を思ってもいい。個人的には洗い場でのアルバイトみたいなものを想像した。労働のクリスマス。
 
“ポイント”

両の手をネイル渋谷のクリスマス ねおじむ」はお洒落に楽しむクリスマス。中七の途中に「ネイル」の名詞で切れを作っているのが上手い。ネイルの色彩と賑やかな街の色彩と。

両の手を極める警察クリスマス 遊呟」「両の手を掲げ手錠のクリスマス 熊の谷のまさる」、なぜこんな幸せとは縁遠い捕り物が出てくるのだ!? (笑)せっかくのクリスマスなのに……。やがて「両の手を組みてうつむくクリスマス トウ甘藻」と連れられて行くのです。ドナドナド~ナ~ド~ナ~♪

クリスマス

両の手でティッシュ受け取るクリスマス

村木年子

「で」は主に口語の場合に使われる助詞。街頭でよく配ってますよね。断固受け取らない人もいるなか、両手でまで受け取ってあげちゃうとはなんて良い人!

口語の助詞「で」は文語では「にて」に相当します。この場合は材料・手段を表します。「両の手で作るフレームクリスマス 杜まお実」「両の手で告白に×クリスマス 背番号7」はまさに手という材料を用いて形を作っているわけです。

両の手で鍋持ち走るクリスマス ミセウ愛」「両の手でシチュー鍋運ぶクリスマス 飛来 英」、これらは両の手という手段を使っています。鍋抱えて走るのは危なくてハラハラするけれど~(笑)。

両の手でバレル抱えてクリスマス 藪椿」「両の手で抱えるブーケクリスマス 眠 睡花」、物を抱える場合も同様に手段ですね。物だけでなく「両の手でサンタに抱きつくクリスマス 利根の春」など、人物に抱きつく場合も同じです。「両の手できつく抱きしめクリスマス 土井あくび」と実際に抱きしめてみたり、「両の手で抱きしめたきやクリスマス 文女」と願望を述べる場合にも使えます。もちろん寂しく「両の手でセルフハグするクリスマス ナニイロ」自分を抱きしめるのもOK。嗚呼、切ない……。
 
“良き”

両の手で弾けた!今年のクリスマス 胡麻栞」「両の手でJazを奏でるクリスマス 抹茶子」、楽器の演奏も両手を手段に用います。「Jaz」は正しくは「Jazz」かな?

両の手でモミの木飾るクリスマス 玉井令子」「両の手でばばぬきあそびクリスマス 吉村よし生」「両の手でろくろ引く宵クリスマス つづきののんき」「両の手でウォーカー退かすクリスマス お銀」、飾る、あそぶ、引く、退かす、様々な動作と結びつく「両の手」。「両の手で鶏を潰してクリスマス ごうがしゃ」、生き物を食べるために屠殺するのにも手を使います。口語の軽やかさと内容のギャップにハッとします。

クリスマス

両の手と歌声繋ぐクリスマス

神保一二三

「と」を選んだのはかなり少数派。手も繋ぐし、歌声も繋ぐ、みたいなニュアンスでしょうか。手を繋ぎながら歌う聖歌の合唱隊?

クリスマス

両の手も踊るゴスペルクリスマス

野本美食

同じく少数派だったのが「も」。奇しくも場面も似通っています。「も」は並列の助詞で、同趣のものがある場合に使います。聴きながら思わず手足が動き出してしまう。あるいはステップ踏みつつ手も振って歌うゴスペル隊?

クリスマス