写真de俳句の結果発表

【第7回 写真de俳句】《地》

評価について

本選句欄は、以下のような評価をとっています。

「天」「地」「人」…将来、句集に載せる一句としてキープ。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。

特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。

「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考えるそれが最も重要な学びです。

安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。

第七回写真de俳句 地
富良野まだ春の続きの雲を追ふ  ひでやん

「富良野」という地名は、季語に匹敵するような連想力を持っています。暦の上では立夏を過ぎているけれど、富良野に広がっているのは、春の続きのような水色の空。「まだ」の一語でこの地の気候を、「春の続きの雲を追ふ」で空の表情を描く。これらを、さりげない言葉で的確に表現できるのがベテランの力。肩の力の抜けた秀句です。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

春の雲おとうとばかり見てる母  柑 橘香

兼題写真には、両手をあげた男の子を撮るお母さんらしき人が写っています。この光景を、お姉ちゃんの視点で切り取った一句。中七下五の正直な呟きに対して、上五「春の雲」が甘やかで切なくて、良い取り合わせですね。「おとうと」を平仮名にした表記にも心遣いがあります。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

ラベンダーの真昼みつばちの沸点  直

「ラベンダー」と「みつばち」が、ほぼ同じ比重で描かれている季重なりの作品。歳時記によっては「ラベンダー」を季語としてないものもありますが、そんな不安をものともしてないのが、カッコイイね。対句表現を選択にしたのも、その意図に即した良い判断。「ラベンダー」「みつばち」で映像を、「真昼」「沸点」でイメージを、実に巧く取り合わせました。このバランス感覚を学びたい一句です。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

許さうかこれは富良野の蚋の痕  川越羽流

「富良野」を美しいあこがれの地として描いた句は沢山ありましたが、マイナスの方向からそれを語るのが、良いヘソの曲がり方。上五「許さうか」で、何を? と謎かけをし、「これは富良野の」と思わせぶりに展開して、「蚋の痕」と落としつつ映像を確保する。巧いですね。遠くで見ると美しいが、ラベンダー畑には蚋がブンブン飛んでいる。これがまさにリアルな季語の現場です。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

ラベンダーの風に圧されて登る丘  めぐみの樹

ラベンダーの丘を登っていく句も沢山ありましたが、中七「圧されて」という描写にリアリティを賭けています。

ラベンダーの丘を実際に歩いてみると、思いの外、勾配があり、香りも濃いことに気づくのです。「圧」の一字は、風の強さというよりは「ラベンダー」という花の存在に圧されているように感じました。ラベンダーの強い匂いを運ぶ風に圧されるように、ゆっくりと登っていく丘の実感でしょう。

  

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

ラベンダー発火しさうに揺れてゐる  魚返みりん

比喩を使った一物仕立て。「発火しさうに」という比喩は、その咽かえるような薫りの表現かと受け止めました。これも、強い風というよりは、小さく擦れ合うように揺れている映像かと思います。他の花ではない「ラベンダー」らしさが、独特の比喩によって表現されています。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

万緑やしんと五郎の石の家  佐藤儒艮

ドラマ『北の国から』への敬意、田中邦衛さんへの追悼を込めた句も沢山沢山届きましたが、純度の低いものが多かったというのが、正直な感想です。

その中で、この一句は独立した作品として味わえます。「万緑や」と詠嘆し、中七下五だけで、類い稀なドラマと俳優へのオマージュを表現する。見事な展開です。「五郎」が何者かを知らない人でも、万緑の中の小さな「石の家」が見え、そこに住んでいる「五郎」という名の人物へ思いを馳せることができます。「しんと」という表現に、さりげなく追悼の意を滲ませる。確かな技術から生まれた確かな作品です。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

捩花を我が野の羅針盤とする  碧西里

兼題写真の、ラベンダーやマリーゴールドを詠んだ投句も沢山届きましたが、兼題写真の中に入り、脳内吟行し、ここに写ってない植物と遭遇できた人たちもいました。

この句に惹かれたのは、中七下五の詩語の純度です。小さな「捩花」の小さな螺旋にハッと心が動き、「羅針盤」という言葉がでてきたのかもしれません。ただの「野」ではなく、「我が野」とすることで心理的な奥行きも生まれました。精神の野を歩きつつ、小さな「捩花」を見つけては、我が行く道を修正する。深く心に残る作品です。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

ラベンダー垂れて風俗案内所  多喰身・デラックス

「ラベンダー」が他の場所にあるとしたら、という発想から、ここにワープしたのですね。「ラベンダー」「風俗案内所」、二つの関係のないものを取り合わせる時には、それを繋ぐ接着剤みたいな言葉が一つあると、成功の確率が高くなります。この句の場合は、「垂れて」がその働きをしています。「垂れて」はラベンダーの咲き方を映像として描写しつつ、「風俗案内所」のうらぶれた感じも表現しているのです。

取り合わせが難しい、分からないという人は、この接着剤みたいな言葉を工夫してみて下さい。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき

ハーブティー蒸らす春夜のプログラマー  三千里ねおじむ

「ラベンダー」からハーブ、そして「ハーブティー」に発想を繋いでいった一句。「蒸らす」という動詞は一定の時間経過を伝えます。蒸らしている間も、プログラマーの指はキーボードを叩いているのかもしれません。

この句では、三つのキーワードが取り合わせられています。季語「春夜」と「ハーブティー」「プログラマー」というカタカナ語の三つ。それらを、うまく繋いでいるのが「蒸らす」の一語です。言葉の質量のバランスが巧くとれた作品です。

おうちの中にもタネがいっぱい 夏井いつき