ドリルde俳句の結果発表

【第7回 ドリルde俳句】④

ドリルde俳句結果発表!

始めに

皆さんこんにちは。ドリルde俳句のお時間です。
出題の空白に入る言葉を考えるドリルde俳句。出題の空白を埋めてどんな一句が仕上がったのか、皆さんからの回答を紹介していきます。
“良き”

第7回の出題

○○○○や汝とならば○○○○も

初蝶や汝とならば地獄へも 小笹いのり〉は「初蝶」と「地獄」のバランスが面白い。初蝶を愛でながら「あなたとなら地獄へだって」なんて話せる関係と人柄。むしろ地獄とは縁遠いほのぼのとした愛情を感じる。

一方、〈いかづちや汝とならば地獄へも ピアニシモ〉は情熱的というか、執念というか……業を背負っている感じがする。「いかづちや」の強い詠嘆が閃く光の強さと陰影を見せる。「地獄」の迫力には「いかづち」が相応しいけど、同じあの世でも「黄泉」なら違う味わい。

風鈴や汝とならば黄泉までも 谷山みつこ〉は風鈴の舌のそよぎが黄泉からの手招きのように思えてくる。ただ涼しいだけでない風鈴の幽玄を表現して魅力的。〈雪鬼や汝とならば黄泉までも 玉響雷子〉の「雪鬼」は雪女よりも異形のニュアンスが強い。

「風鈴」や「雪鬼」は黄泉との取り合わせも接点も見えてくるし雰囲気があるんだけど〈水虫や汝とならば黄泉までも 信茶〉は……死ぬまで縁が切れないやつですか。ご苦労様です。
“良き”
初蝶や汝とならば地獄へも
実在の人物と事件に題材をとってくる〈太宰忌や汝とならば入水も 比良山〉という手も。「にゅうすい」で読めば音数が十七音になるけど、一般的には特に身投げを意味する場合は「じゅすい」の三音で読むのではないだろうか。

一音をどこかで補えば韻律が整う。〈太宰忌や汝とならば磔も 丹波らる〉は走れメロスの世界。本筋と関係ありませんが、以前いつきさんが「数学的に検証してみたらメロスはまったく全力で走っていなかった」というネットニュースの記事を発見して教えてくれたことがありました。当時中学二年生による自由研究がニュースとして取り上げられていたのですが、衝撃的ですね。歩くペースだったらしいです。汝とならば磔も、と言いつつ全然自分は磔になる覚悟がなさそうで好き。
“ポイント”
句創りや汝とならば獄中も 田村美穂〉は季語こそないけど、極めて現実的な厳しさが突きつけられます。俳句史に名を残す京大俳句事件あるいは新興俳句弾圧事件からの着想でしょうか。

続けて読むと〈蜜豆や汝とならば革命も 碧西里〉も同じ場面、特に新興俳句運動に携わった橋本夢道を彷彿とさせます。蜜豆に餡を載せたあんみつは橋本夢道の考案であるともいわれています。句も人生もとても面白い情熱的な人物なので興味のある方は調べてみると楽しいですよ。

情熱的な「汝」であれば〈センバツや汝とならば負けぬとも 空地春水〉もアツい。高校野球のセンバツです。「負けぬとも」は負けないさ! の意でしょうか。たしかに春に行われる行事ではあります。季語として採用している歳時記はあるのでしょうか。個人的には拝見したことがないけれど。

一方〈ダービーや汝とならば三冠も 井上某〉の「ダービー」は我々が底本でよく使う『カラー版 新日本大歳時記』(講談社)にも掲載されています。騎手と馬の、お互いへの力強い信頼と期待。
“激励”
センバツや汝とならば負けぬとも
……これくらい強烈なイメージだったのです、「汝」。

うーん、でも改めて眺めてみると《空地春水》さんや《井上某》さんの回答には【親しい者、目下の者、動物などに用いる】に該当する部分が大いにあるし、《碧西里》さんの回答も戦友としての親愛の情であるわけだし……。実は世の中のみなさんはより温かな気持ちで「汝」という言葉と接していたのだろうか。野良犬にでもなった気分でございます。

僕自身が学びながらのドリルde俳句。皆さんの明日の句作のお役に立てれば幸いです。ごきげんよう!
“とてもいい”