ドリルde俳句の結果発表

【第8回 ドリルde俳句】①

ドリルde俳句結果発表!

始めに

皆さんこんにちは。ドリルde俳句のお時間です。
出題の空白に入る言葉を考えるドリルde俳句。出題の空白を埋めてどんな一句が仕上がったのか、皆さんからの回答を紹介していきます。
“良き”

第8回の出題

夏嵐○○○○○○○飛び尽す

前回、前々回に引き続き、今回も出題の元になった句がございます。

夏嵐机上の白紙飛び尽す 正岡子規

三度めの登場の正岡子規。有名な句なのでご存じの方も多かったでしょうか。

同じ夏の季語で「嵐」がつくものといえば「青嵐」もありますね。青葉の繁る頃吹く「青嵐」が緑を強くゆすって吹き渡るのに対し、「夏嵐」はそこまで具体的な風景などの付属情報は含んでいません。その分、幅広く想像を広げられる余地が残されていると言えるでしょう。
“ポイント”
「夏嵐」に対して「飛ぶ」という取り合わせは、意外性は少ない。強い風が吹いたならなにかが飛んでも不思議はない。

ですが「机上の白紙」と中七に配することで、机に向かい紙に手書きで原稿を執筆する日々の生業や、屋外の気持ちよい夏の強風に心誘われる様が想像されてきます。机という狭い場所から解放されたかのような清々しさが「飛び尽す」の下五で炸裂しますね。

「飛ぶ」までは言える人が多いと思うんだけど、「尽す」に至れるかどうか。シンプルな句ながら、よくよく味わうと言葉選びのチョイスが鮮烈です。
“良き”
屋外の気持ちよい夏の強風に心誘われる
とはいえ、ドリルの回答はあくまでも回答。元の句の世界を踏襲したりする必要はありません。全然違う魅力的な世界が展開されるかもしれないし、子規と同じ土俵で発想してさらに上回るモノが生まれるかもしれない。今回も皆様から寄せられた回答をみていきましょう。

夏嵐机上の白髪飛び尽す

⑦パパ

正岡子規の原句を知った上でに違いない、確信犯的ギャ句が若干名~(笑)。

「白紙(はくし)」が「白髪(しろかみ)」になっているわけですが、音数が一音増えてなんとも収まりが悪く……お尻の辺りがむずむずしますなあ。〈夏嵐機長の白髪飛び尽す 澤村DAZZA〉は「机上」も変えてきました。「机上」→「機長」の一音変換はエライ。

「白髪」は《⑦パパ》さんとは違って「しらが」読みならぴったり中七になる。〈夏嵐機長の私飛び尽す 熊の谷のまさる〉は「はくし」→「わたし」に。音の調べはいいんだけど「機長の私飛び尽す」って……なんだろう。パイロット人生を最後まで全うした男の臨終、とか? そんな映画がありそうな展開。
“良き”
夏嵐機長の私飛び尽す

夏嵐コロナウイルス飛び尽す

代志惠華

 

夏嵐コロナウイルス飛び尽す

伊藤節子

 

なんといっても多かったのは新型コロナウイルスネタです。

コロナウイルスに世界が翻弄されるなか、俳句の世界でも「コロナ」を使った句は山のように作られてきました。それだけ全人類にとって等しく頭から離れない問題であるということでしょう。その分、類想としての登場頻度もあらゆる兼題においてとても多い。

夏嵐コロナのウィルス飛び尽す ひで世〉は助詞「の」が挟まります。「ウィルス」と読めば三音なので音数を合わせた形。「ウイルス」表記も「ウィルス」表記も見かけますね。厚生労働省などのホームページを参照すると前者表記が採用されているけど、どちらで書いても意味は通じる。

上の三例は「コロナウイルス」に飛び尽してなくなってほしいという願望か、それとも世界中に蔓延りきった、という意味での皮肉な現実か。
“参った”
夏嵐コロナのウィルス飛び尽す
夏嵐コロナで休み飛び尽す 樽女〉〈夏嵐コロナで楽しみ飛び尽す 匠〉の二句は2021年のゴールデンウィークを思わせてしょんぼり。

夏嵐コロナの憂い飛び尽す 百桜〉〈夏嵐コロナストレス飛び尽す 宮なつめ〉もさもありなん。「飛び尽す」の解釈は先述の通り、願望か現実か、判断が難しい。憂いからもストレスからも解放されたいものですが、なかなか。

夏嵐コロナの飛沫飛び尽す 比良山・小倉あんこ〉は……物理的な拡散の話だとちょっとイヤ。マスクに加えて手で覆いましょう。シーズン的に鼻炎がつらくて共感するのは〈夏嵐コロナと黄砂飛び尽す 久美子〉も。ただし「黄砂」は春の季語なのです。思わぬものが季語だった、うっかり季重なりのケースですね。
“激励”
コロナウイルスを扱うのはある種時事句といえますが、〈夏嵐コロナ政策飛び尽す つづきののんき〉〈夏嵐コロナオリパラ飛び尽す 前世ニャン子〉は特に時事句。オリンピックの進退やいかに。中七を「コロナ」から始めなかった例では〈夏嵐憎っくきコロナ飛び尽す メグ〉がありました。ストレートな感情語の強さ。

夏嵐吹き去れコロナ飛び尽す ひとみ〉は「吹き去れ」「飛び尽す」と中七と下五に「飛んでなくなる」言葉を重複させています。このやり方は功を奏するか、ケースバイケース。互いのイメージを強めるプラスの効果を発揮する場合もあれば、やりすぎて損をする場合もあり。
“難しい”
夏嵐コロナオリパラ飛び尽す

完全一致

夏嵐罵詈雑言の飛び尽す

凪太

 

夏嵐罵詈雑言の飛び尽す

けーい〇

 

夏嵐罵詈雑言の飛び尽す

小笹いのり

 

夏嵐罵詈雑言の飛び尽す

染井つぐみ

 

一字一句が完全に一致した件数でいえばこちらが最多。

やはり「夏嵐」「飛び尽す」が共に強烈な印象を持つためか、中七にも強い言葉を配したくなります。〈夏嵐罵詈雑言も飛び尽す 国東町子・きーなお〉は助詞が変更に。「も」ということは、罵詈雑言以外にも飛び尽しているものがある、ということ。物も投げたりしてるんだろうか……と想像すると修羅場感が増す。

さらに〈夏嵐シュレッダー屑飛び尽す 水牛庵乱粉〉〈夏嵐シュレッダーの屑飛び尽す こうめ〉と続くと醸し出されるプレバト感。梅沢富美男さん、応援しております。
“とてもいい”
夏嵐罵詈雑言の飛び尽す

夏嵐コピー用紙が飛び尽す

オリゼ

「紙が飛んでいく」という内容は正岡子規の原句にもっとも近い発想。

コロナウイルスネタもそうなのですが、他の人と同じ発想になってしまう場合は必ずあります。それは短詩系文学である俳句の宿命です。かといって、「人と同じ発想をしてはいけない」わけではないのです。

同じ「紙が飛ぶ」発想をしたとしても、他作品との差別化を図ることができれば、自分の句として立っていくことができる。そのためには一匙のオリジナリティを加えられるかが重要になってきます。
“良き”
原句と比較して考えてみましょう。

夏嵐机上の白紙飛び尽す〉が、中七で「机上」という場所の情報を加えているのに対して、「コピー用紙」は中七を全て使う七音の名詞となっています。同じ紙を扱う場合でも、紙の種類・特徴付けによって十七音に占める割合が変わってきます。会社でうっかり起こる事態に共感はあるのですが、子規の原句と比較してみると情報量の差があるのがわかりますね。

夏嵐答案用紙飛び尽す もんてん茶の花・すみ〉は学校のテスト中。一度くらいは人生でこんな経験があったような気がします。この句の奥には「机上の白紙」の世界も存在するかもしれないと思うと愉快な苦笑い。

七音の名詞である点は「コピー用紙」と同じでありながら、「試験の解答を書く」状況を前提に使用される紙であるという共通理解があることで、一句が持つ情報量は「コピー用紙」と比べて多くなっています。
“ポイント”
夏嵐答案用紙飛び尽す
夏嵐テスト用紙の飛び尽す ルーミイ〉も状況は同様。ひょっとして世代によって「テスト用紙」「答案用紙」の使い分けがあったりするのだろうか。個人的にはどっちも使っていた気がするのですが。

夏嵐ドリルのペーパー飛び尽す 倭彦〉は「ペーパー」の呼称が今風。学校というよりは塾をイメージさせます。同じ問題の書かれた紙でも〈夏嵐課題プリント飛び尽す 谷口詠美〉は少し印象が変化します。
“良き”
「ドリル」が計算など数学的なものを連想させる一方、「課題プリント」は科目の想定幅が広い。さらに科目を限定して〈夏嵐英語のテスト飛び尽す すみ子〉という回答も。なんの科目でも成立はするのだけど、いざ句に落とし込むと「その科目が苦手なのかな」と読み手が想像して勝手に共感が生れたりするのも愉快。

学習関係のものが多いのを見ていると、人間の心理として「やりたくないもの」「うっとうしいもの」に対して「飛び去ってほしい」という願望を抱くのかも……と傾向を推察できて面白い。
“とてもいい”

夏嵐「走るな!」のビラ飛び尽す

中村すじこ

おそらくうっとうしい系での発想かと思うのですが、「ビラ」を扱った句もありました。「走るな!」の直接的な命令の文言が学校の現場を思わせます。〈夏嵐イベントチラシ飛び尽す こまち〉もあるある。新聞と一緒に届いたり、街頭で手渡されたりしますよね。

一言に「ビラ」といってもポスターサイズからA4前後のサイズまであります。〈夏嵐献血のビラ飛び尽す オキザリス〉は手渡しの印象が強い。人を救うための「献血のビラ」が飛んでいってしまう姿は「あっ!」と慌ただしい不安を読者の心に兆します。

どちらのサイズも扱っていそうなのが選挙の場面。〈夏嵐選挙のビラが飛び尽す ヤスミントマト〉と〈夏嵐選挙ポスター飛び尽す 松虫姫の村人〉は言葉を使い分けることで、後者がより大きな判だと読みとれます。かなり強烈な夏嵐に煽られている模様。
“良き”
夏嵐選挙のビラが飛び尽す
〈②へ続く〉