写真de俳句の結果発表

【第9回 写真de俳句】《ハシ坊と学ぼう!④》

第9回のお題「青葉とリス」

評価について

本選句欄は、以下のような評価をとっています。

「天」「地」「人」…将来、句集に載せる一句としてキープ。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。

特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。

「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考えるそれが最も重要な学びです。

安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。

ふさふさのしっぽでバランス青木立

苺いちえ

夏井いつき先生より
「リスの特徴的な尻尾でバランスを取って、若葉の木々を活発に動き回る様子を表現しました」と作者のコメント。

もしかすると「青木立」という季語を載せている歳時記もあるのかもしれませんが、「夏木立」「青葉」「若葉」などの一般的な季語でも充分表現できるように思います。
“良き”

リス出でし樹を彩る若葉かな

狼鬼

夏井いつき先生より
中七が説明になっています。上五で「リス出でし」とあり、下五で「若葉」とあれば、「樹を彩る」と書かなくても、映像はすでに見えているということです。
さあ、ここからが描写力の練習です。リスをもっと具体的に描写しますか? それとも季語「若葉」についての情報を加えますか? ここからが勝負どころです。
“参った”

みどり濃き太閤園に惜別の夏

紫桜舟

夏井いつき先生より
「すてきなお庭のある思い出深い施設が、六月末で閉園することに思いを馳せました」と作者のコメント。

「太閤園」が閉園することを書きたいのならば、そちらを率直に書くべきでしょう。

添削例
閉園や太閤園の緑濃し
“良き”

おかわりを揉み手でせがむリスのほお

春羊

夏井いつき先生より
「向日葵の種をほおにためたリスの顔を思い浮かべて詠みました」と作者のコメント。

「リス」は季語ではありません。何をせがんでいるのか。例えば「向日葵の種」をせがんでいると書けば、季節の匂いが少しでてきます。

添削例
向日葵の種を揉み手でせがむリス
“難しい”

飼ひ栗鼠逃ぐ夜のベランダ佇む子

青雲

夏井いつき先生より
「『飼ひ栗鼠』という表現が許されるのかが不安です」と作者のコメント。

「飼い犬」という言い方があるので、「飼いリス」がダメとは言いにくいですね。

添削例
飼いリスの逃げベランダの夜に佇む
“ポイント”

胡桃の木栗鼠とび移るはしっこさ

みのわっこ

夏井いつき先生より
「『胡桃』と『栗鼠』で季重なりになってしまいました。冬眠から覚めた栗鼠が、木登りしたり餌を探して森林を走り回っている様子がうかがえます」と作者のコメント。

「栗鼠」は季語ではありません。また「胡桃」のような木の場合、「胡桃」といえば「実」を指し、それが季語となります。ですから、「胡桃の木」では季語にならない! と厳密な意味を指摘する俳句の先生もおられます。
「冬眠から覚めた栗鼠」を表現したいのならば、むしろ季語をそちらの方向にもっていくのも、一手です。推敲してみましょう。
“良き”

青葉木にリスの尾追ひて首痛し

間温猫

夏井いつき先生より
「青葉」といえば「木」と書く必要はありません。「尾」はリスのもので、「首」は自分の首だと分かるように語順を変えてみましょう。

添削例
首痛し青葉にリスの尾を追えば
“ポイント”

梅雨晴れやリスも巣を出て餌さがし

嘉夫

夏井いつき先生より
「梅雨の晴れ間。私たちも今日は晴れた! と散歩や買い物に出かけるように、動物もきっと同じような気持ちで颯爽と巣を出てきたにちがいない、という様を詠みました」と作者のコメント。

「梅雨晴れ」であることと、「リスが巣から出てくる」ことだけを書けば、俳句になります。「~も」と人間のことを示唆しなくてもいいし、「餌さがし」とリスの行動を説明する必要もありません。推敲してみましょう。
“難しい”

夏が来た冒険に樹‐き‐を降りてみる

滝澤 朱夏

夏井いつき先生より
「樹‐き‐を降りて」という表記は、ルビのつもりだと思いますが、俳句においてこのようなルビは不要です。読み手は、音数を考慮して読んでくれます。ルビが必要なのは、特殊な固有名詞や、読みによって意味が変わってしまう場合だと考えて下さい。
“良き”

夕暮の母呼ぶ声に降りてくる

滝澤 朱夏

夏井いつき先生より
「夕方『御飯ですよ~』と、母が吾子を呼ぶ声に、木に登ったままになっていたが、やっと降りて来てくれた。〈無季〉」と作者のコメント。

中七下五の描写はできています。ご本人も〈無季〉と断り書きをいれてますが、この句の場合は、上五に十分季語を入れられると思います。無季が悪いというのではなく、無季にする必然性が弱いということです。その点について、再考してみて下さい。
“難しい”

食べ忘れしリスのどんぐり芽吹きて

スマイリィ

夏井いつき先生より
自分がしまっておいた木の実の場所を忘れてしまう、という句が、今回は沢山とどきました。その木の実が、やがて芽を出すという句も、やはり沢山。この発想を凡人の沼として、さあ、どう考えていくのか。▶︎YouTube『夏井いつき俳句チャンネル』にて「凡人アルアル脱出作戦」なるシリーズを展開しています。是非、観て下さい。
“ポイント”

風薫る両の手で食むおにぎりよ

木綿子

夏井いつき先生より
「遠足で、動物園(ひょっとしたら町田リス園?)にきている子ども達をイメージしました。リスのモノを食べる仕草と、子ども達のおにぎりを食べる仕草を重ねてイメージしましたが、伝わるものでしょうか」と作者のコメント。

この句を読む限り、人間がおにぎりを食べているとしか読めません。リスの仕草と重ねたいとなれば、そのように書くしかありません。直接的に書くか、想像してくれるための伏線を作るか。やり方も色々あります。

添削例
風薫るリス園両の手におにぎり

「風薫るリス園/両の手におにぎり」斜め線のところに意味の切れ目があります。これは、前半に「リス園」という言葉を入れて、「両の手におにぎり」は訪れた人あるいは子どもが、リスのように食べていることを想像させる伏線を引くやり方です。
“良き”

散歩道栗鼠にため息待つベンチ

佳月

夏井いつき先生より
「以前、憧れの君と会った散歩道の公園のベンチで、会えるかどうかわからない君を待っている。普段は驚く、栗鼠の登場にも残念なため息しかでない」と作者のコメント。

この「ため息」が、栗鼠のためのものなのか、それ以外の理由なのか、読み切れません。さらに、「栗鼠」だけでは季語になりません。
“参った”

コロナ禍と無縁に遊ぶ風薫る

よしあずま

夏井いつき先生より
「閉塞感と開放感を対で表そうと思いました。『と』は、『に』『も』『や』『下』と比較して選びました。人か動物かは文字数がなく読み手に任せました」と作者のコメント。

「人か動物かは文字数がなく読み手に任せました」とのことですが、「読み手に任せる」というのは、十七音の描写がしっかりと書けていて、それ以上の鑑賞は読み手に委ねるという意味です。この句は、そのレベルには至っていません。

まずは、何をしているのか。もっと具体的に書きましょう。
やり方が分からないということでしたら、まずは▶︎YouTube『夏井いつき俳句チャンネル』の「凡人アルアル脱出作戦」シリーズを何回も視聴して下さい。
“難しい”

迷う我を導け緑陰の栗鼠

倭彦

夏井いつき先生より
「導け」と書くから、説教臭くなるのです。道に「迷う我」と「緑陰の栗鼠」だけを描写してみましょう。
“ポイント”