ドリルde俳句の結果発表

【第11回 ドリルde俳句】②

ドリルde俳句結果発表!

始めに

皆さんこんにちは。ドリルde俳句のお時間です。

出題の空白に入る言葉を考えるドリルde俳句。出題の空白を埋めてどんな一句が仕上がったのか、【第11回 結果発表①】に引き続き、回答をみていきましょう。
“良き”

第11回の出題

第11回の出題「揺れやみて○○の○○○○○○知りぬ」

揺れやみて尾重く秋知りぬ

山内彩月

 

揺れやみてたてがみ秋知りぬ

ミセウ愛

 

揺れやみて吸いたる秋知りぬ

磐田小

下五「○○知りぬ」の空白二音をいかに補うかも悩みどころだったと思います。ここに季語をうまく溶け込ませてきた回答として「秋知りぬ」が数例ありました。それぞれなにをもって秋を感得するかに個性が見えて面白い。

「虎の尾」の重量感と、肉食獣の持つしなやかな気怠さ。乾いた風の通り抜ける「馬のたてがみ」のきらめく光。「肺」の奥まで吸い込むことで感知する季節の移り変わりの実感。

これらは映像の描写ではなく、いかに「秋」という季語を感知したか? に句の核があります。詩をキャッチするアンテナの感度で勝負している、ともいえましょうか。
“良き”
その感覚を五感と結びつけて表現する方法もあります。〈揺れやみて蓮の池匂ふを知りぬ みずな〉は蓮池の泥めいた匂いに主眼が置かれます。先に紹介した〈揺れやみて蓮の真中の色知りぬ 彩汀〉と比較すると、嗅覚と視覚というアプローチの違いが明白ですね。

揺れやみて菊の濃き香の闇知りぬ つきか〉も嗅覚で切り取りました。菊は品種によっては特に強く香り、また開花が進むことによって香りが悪くなる性質があるようです。ねっとりと読者の鼻腔へと忍び入る「濃き香」は夜闇の濃度をも増しているようで。

揺れやみて罌粟の柔さを指知りぬ 夏巳〉で扱われているのは触覚。柔らかさを知った瞬間と揺れやむまでのタイムラグが面白い。罌粟の花びらを引っ張ったら思いのほかぷちっと軽く取れてしまう。本当はその瞬間に「あっ」と柔らかな奪う感触を感じているはずなのに、引きちぎられた反動に揺れる罌粟が止まってから自覚に至る。思わず犯してしまった罪が沁みてくるようで、深読みすると少し恐ろしくもある。
“ポイント”
揺れやみて馬のたてがみ秋知りぬ

揺れやみてプリンの声知りぬ

ツカビッチ

変な句なんだけど愛してやまない……そんな回答もありました。

「秋のプリンの声」ってなんじゃそりゃ⁉︎ しかも「秋のプリン」と強引に季語と合体させられて、いったいプリンはどういう心持ちでそれを受け入れているんだろう。なのに妙に「秋のプリン」には真実味がある気がしてくる。お皿にあけられてぷるんと揺れやんだプリンの硬すぎず、崩れるほどでもないけど少したるんだような表情が見えてくる。僕がプリン好きだからなだけじゃない魅力がある……はず。

揺れやみて錫の兵隊春知りぬ みおつくし〉も海外の童話のような独特の世界。錫でできた兵隊のお話をこどもたちに読み聞かせたような記憶があります。なぜ「錫の兵隊」が揺れたのかの謎は残りますが、その金属の眼差しの先に生命溢れる「春」の光景を初めて見たら衝撃と感動を覚えるんじゃないかしら。「知りぬ」の完了の言い切りで光景が眼前に広がります。
“良き”
揺れやみて秋のプリンの声知りぬ ツカビッチ

揺れやみてダリアを夜は知りぬ

絵十

語順によってオリジナリティを獲得しています。

ふつうなら「ダリアは夜を」と書きそうなところですが、「ダリアを夜は」なのですね。その特別性は「鬱のダリア」というダリアへの性格付けによります。それまでは夜に順応するようにただ存在していた「ダリア」でしたが、ふとした瞬間にその小さな花の存在を大きな夜が知覚したかのような語り。「鬱」の一語がどんな色彩のダリアか、その大きさは、首の傾き方は……と様々な映像を脳裏にかきたてます。

なにも先行句の影を追うだけがドリルではない……独創的な発想によって、幾ばくかは出題の粗さも救われたような気がいたしますぞ、ドリルde俳句。

みなさんの明日の句作のお役に立てれば幸いです。ごきげんよう!
“とてもいい”
揺れやみて鬱のダリアを夜は知りぬ 絵十