写真de俳句の結果発表

第26回「小雨の銀座通り」《天》

評価について

本選句欄は、以下のような評価をとっています。

「天」「地」「人」…将来、句集に載せる一句としてキープ。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。

特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。

「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考えるそれが最も重要な学びです。

安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。

第26回「小雨の銀座通り」

26

 

修司忌の銀座よ雨だけがリアル

花豆

 

「修司忌」とは、歌人、劇作家である寺山修司が亡くなった日。若い頃には俳句も作っていましたが、句作からは遠ざかっていき、短歌、演劇のみならず様々な表現活動を続け、膨大な文芸作品を発表しました。1983年(昭和58年)日、47歳で死去。

忌日の季語は、季節感が薄いため、他の季語と取り合わせることも多いのですが、この句は「修司忌」以外に季語らしきものはありませんから、彼の亡くなった5月4日を意識して読み解く必要があります。5月4日は、まさに晩春。この「銀座」は、春闌けた東京の繁華街であり、この「雨」は行く春の温い雨なのです。

ふと、今日は寺山修司の忌日なのだと気づきます。かつて、修司もこの銀座に遊んだに違いないという思いが過ったのでしょうか。修司の短歌やアングラ演劇の一場面が重なる光景を目にしたのかもしれません。

傘をさし、劇中人物のように立つ私。甘やかな都会の春の頽廃。虚実の隙間に立つ眩暈。いま降っているこの「雨だけがリアル」と呟く作者にとって、寺山修司とは、一体どんな存在であるのか。一句の深読みは、そこから始まっていくかのようです。

“夏井いつき”