第28回「アルパカの後ろ姿」《地》
評価について
本選句欄は、以下のような評価をとっています。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。
特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。
「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考える。それが最も重要な学びです。
安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません。己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。

地
第28回
セーターの袖をむいむい齧られる
津島野イリス
何に「齧られる」のかは書いてないのですが、生き物との交流の中で、こんな場面ってあるな! という共感の一句です。「セーターの袖」と具体的なモノに焦点を当てていること。「むいむい」というオノマトペの新鮮さ。似たような場面を書いた句は山のようにあるのに、ちゃんと新しい句として立っている。そこが俳句の醍醐味というヤツですよね。
住宅展示場うさぎにえさをやらない子
赤尾双葉(ふたばは漢字に戻しました)
「住宅展示場」にお客様を呼ぶためのアイデアとしての、餌やりイベント。「うさぎにえさをやらない子」が我が子だとしても、第三者の目で見ているとしても、それぞれ面白く読めます。
「うさぎ」が季語として立っているというよりは、一つの素材として機能しているという感じではありますが、「住宅展示場」のリアルを活写できていることは、大いに評価したいですね。
肉屋前イヤホン低く聖夜曲
安田伝助
兼題写真から「肉屋」に行きついた発想は勿論ですが、中七下五の展開にもささやかな驚きを持ちました。
「肉屋前」を過っていく人物の「イヤホン」から漏れてくるのが「聖夜曲」であるという現実と皮肉。人間は、何かの命を食べて生きているという事実を、改めて突き付けられます。季語「聖夜」の句としての独自性と真実味に圧倒された作品です。
アルパカの顎みぎひだり草芳し
かねすえ
「アルパカ」の表情をよく観察しています。中七の「顎みぎひだり」はいかにもこの生き物らしい描写です。
とはいえ、上五中七が出来てからの下五をどう着地させるかは、少々悩まれたのではないでしょうか。草食動物であるアルパカに、ぐっと寄せて「草芳し」とした素直な着地が成功しました。アルパカの顎からはみ出した草も見えてきます。
朝寝して羊三頭喰うたやう
平本魚水
春の季語「朝寝」を、比喩を使って一物仕立てにしました。
一物仕立てに比喩を使うと、取り合わせの要素も入ってくるので、意外性や独自性を確保しやすくなりますが、比喩は、うっかり使うと失敗してしまう高度なテクニックでもあります。
それにしても、「羊三頭喰うたやう」とはよくも言ったものです。作者の弁を借りると「普段食べ慣れないものをたっぷり食べた後のような感覚」だそうですが、この例えもまた秀逸でありますね。
ワラビーの太き尾コンクリに冷えて
深山むらさき
アルパカの写真から「ワラビー」を連想したのでしょうか。あの独特の「太き尾」を描くだけでは、オリジナリティの点で少々物足りない気もしますが、後半「コンクリに冷えて」という描写が見事です。
動物園という場所であること、冬であること、その太い尾が逆に痛々しく思われること等が、一気に立ち上がってきます。破調の調べも、内容と補完し合っていて、よい判断だと考えます。
アルパカのくしゃみが雲になる春だ
いかちゃん
NHK Eテレ『575でカガク!』で、雲研究者の荒木健太郎さんにお目にかかり、雲について教えていただきました。「雲はエアロゾルから生まれる」のだそうですが、エアロゾルとは「気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子など」で、例えば「くしゃみ」の飛沫もエアロゾルとして漂っていくのだそうです。
「アルパカのくしゃみ」だって、「雲」になっていく「春」だなあ~という一句は、ほのぼのと楽しい。「雲になる春だ」という口語もまた効果的な選択です。
アルパカの唇めくれ上ぐや春
井納蒼求
これまたよく観察しています。「唇めくれ上ぐ」という描写がいかにもそれらしくて、感心しました。描写にこれだけの音数を使うと、季語をどう置くかという問題が浮上してくるわけですが、「めくれ上ぐ」を「や」と詠嘆したあとに、「春」とのみ押し出した判断が成功。描写全てが「春」という季語に収斂していきます。
ちなみに作者はニューヨーク在住の生物学者。こんな情報も届いておりました。「アルパカのボディーランゲージの中に唇の動きがあります。ご機嫌斜めな時は、その器用に動く唇を盛り上げたりひっくり返したりして歯茎まで見えるような表情をします。それを無視して、可愛いからとあまりに近づくと、唾をひっかけられかねませんのでご注意。」
内示聴く冬至日暮れの象眺む
渡邉 俊
内示を通達されたその日。中七「冬至日暮れの」が作者の心象を表現しています。「内示聴く」の「聴く」の字の選択にも思いが滲みます。
上五中七に、思わぬリアリティを添えているのが下五「象眺む」です。この「内示」に対して大いに迷っていること、家に帰る前にもう少し自分の考えをまとめたいと、動物園に来ていること等が、ありありと伝わります。他の生き物ではなく「象」である点にも、象徴的な意味を受け止めました。
給餌器に鼻骨ぶつかり合ふ寒さ
古瀬まさあき
「給餌器」とは、自動的に餌を補充していく機器。魚・鳥・猫など様々な「給餌器」がありますが、中七「鼻骨ぶつかり合ふ」という描写から動物園の大きな生き物を思いました。読者それぞれがどんな動物を想像するかによって、「鼻骨」のぶつかる音も変わってくるのが、この句の巧さ。
季語「寒さ」を下五の最後にもってきた判断もさすがです。季語の力が一句を統べていくかのような味わいがあります。