第42回「降車ボタン」《ハシ坊と学ぼう!⑤》
評価について
本選句欄は、以下のような評価をとっています。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。
特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。
「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考える。それが最も重要な学びです。
安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません。己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。
春のバス「い」なら涙の連絡船
無弦奏
バス停に眼鏡かたかた風は春
泉晶子
素材はよいです。「眼鏡かたかた」は、どういう感じでしょう? 眼鏡ケースの中にある眼鏡? かけてる眼鏡?
春一番Gの死骸も乱れ飛ぶ
べびぽん
「G」はゴキブリのこと? ゴキブリも季語でもありますし、下五「乱れ飛ぶ」は大げさ。
ホームボタン押してばかりの爺の凧
星 秋名子
「スマホが上手く使えない爺は、ちょっと知らない画面が出るとすぐにホームボタンを押して一からやり直しになります。そんな爺でも凧作りはとっても上手いのです。『ホームボタン』がスマホのボタンだとわかってもらえるか気になりましたが、ちゃんと辞書に載っていましたので……」と作者のコメント。
俳句の字面だけだと、状況が掴みかねます。いきなり、最後に「凧」がでてくる展開が理解しにくく。
朧月空車のバスのアナウンス
里春
腓腹筋疼く春飈そこまで来
すみっこ忘牛
素材はよいと思います。「春飈」に対して、「そこまで来」が適切なのかどうか。少々疑問です。
卒業や最後の降車ボタンかな
青翠
ラッピングバスに蝶のとまりたる
白祐
金色の寺院トゥクトゥク炎天を
三月兎
「タイの寺院はどれも金ぴか。橙色の屋根に緑の縁取り、金色の仏塔。太陽の暑さに全く負けていません。どこもかしこも眩しい炎天を、トゥクトゥクで回るのは楽しいです」と作者のコメント。
句材よいですね。作者コメントの中にも、俳句のタネがたくさんあります。この句は、語順が逆かな。
添削例
炎天をトゥクトゥク金色の寺院
腕に蚊や黒子叩かれ苦笑い
音羽ナイル
「黒子」を叩かれたことと、そこに「蚊」がいることを取り合わせるだけでOKです。「苦笑い」と説明する必要はありません。
視野欠けに声のサポート春衣
音羽ナイル
上五中七はメッセージ。季語よりも、このメッセージのほうが主役になっているのです。
「通過します」車窓ながるる花錦
せいか
「ワンマンバスは乗車する人、降車する人がいないと通過します。桜咲く頃に止まらずに花の高さのまま走るバスの風景には特別な感じがあります。」と作者のコメント。
「花錦」は、日本国語大辞典では「花の美しいさまを錦に見立てていう語。《季・春》」として載っていますが、非常に装飾的で使いこなすのは難しいと思います。この句想でしたら、尚更。
寒き夜や手打ちのかいな小刻みに
ビオラ
この字面で、「手打ちうどん」であることは読み取り難いです。武士の闇討ちかと思いました。
麗かや寝てしまいけり操車場
山陽道芸樹
「や」「けり」、切れ字が複数あると、感動の焦点がブレるということで、嫌われます。どちらかを外して、再考しましょう。
満席のバス助手席や春の川
瀬戸一歩
「過疎地の15席の小さな福祉バスです。日常の買物、通院にと使います。週三回、一日三往復のバスは乗れないとタクシーになります。この日は助手席に乗せてもらえました。席も狭く、いつも買い物袋が通路にはみ出しているのを詠みました」と作者のコメント。
バスが満員だから、タクシーの助手席……という展開は、この字面では読み取れません。
バス停にあまたの人や梅見かな
希子
「や」「かな」、切れ字が複数あると、感動の焦点がブレるということで、嫌われます。どちらかを外して、再考しましょう。
亀鳴いて降車ボタンの押しそびれ
実日子
「亀鳴く」は、静けさを必要とする季語なので、バスの中の光景で、この季語を取り合わせるのは、少し無理があります。
口癖はやめてやる定年の春
松雪柳
「少し年上の方が定年を迎えたとき、これまではいつでもやめてやる、という気持ちだったけど、これからはいつやめてもいいんだと気付いた、と寂しそうに笑ったのを思い出して詠みました」と作者のコメント。
この内容でしたら、「やめてやる」とカギカッコをつけると分かりやすいですね。
「とまります」を押せたどや顔五歳春
嫌夏
「下五を『春五歳』にするかで迷いました」と作者のコメント。
中七「どや顔」が説明です。この一語は不要。となれば、音数にゆとりができるので、「春」以外の季語を使える可能性もでてきます。
バス降りて道を渡れば大花野
さおきち
中七が少々悠長な説明。季語「大花野」が開ける感じをうまく描写できるとよいのですが。
杖の子降車する病院に若葉
あいいろ小紋
この内容ならば、語順が逆かな。
添削例
病院は若葉杖の子降車する
菜種づゆ使いはじめし無料パス
きのこオムレツ
「菜種づゆ」は、「菜種梅雨」と漢字で書いたほうがよいですね。漢字が並ぶのが気になったのならば、〈菜種梅雨つかい始めし無料パス〉とする手もあります。
光風のキーンとバスを追い抜けり
濃厚エッグタルト