第48回「鍋一杯の柚子ジャム」《ハシ坊と学ぼう!⑧》
評価について
本選句欄は、以下のような評価をとっています。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。
特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。
「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考える。それが最も重要な学びです。
安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません。己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。
柚の花や行きてぞ戻る揚羽蝶
揣摩文文
うーむ……これは、本歌取りの範疇を越えています。
本歌取りとは、「和歌や連歌で知られている古歌(本歌)の言葉や趣向を下敷きにして新しい歌をつくること」です。 この句は、「新しい」の部分が薄く、元の句の型をなぞったままで終わっています。
踊り場に柚子ジャム香る昼下がり
里山まさを
二句目がコメント欄に書き込まれていた? どちらも並選です。
箱買いの柚子に取らるる厨内
作者名がありません。二句目を投稿者欄に入力したようです。どちらも並選。
大鍋を持つ手は母似柚子香る
まり
「下五が引っ掛かってます」と作者のコメント。
なるほど、語順をかえてもいいですね。
添削例
大鍋や柚子香る手の母に似て
柚子の実や石垣広ぐ竹の笊
風早 杏
「柚子の実は、薄切りにして笊に広げ石垣に並べて乾かします。それを煎じて柚子茶を作り、風邪予防などでこれからの時期楽しみます。いろんなことを省略しましたが、実景に近いです」と作者のコメント。
「広ぐ」が「竹の笊」に掛かっていくのならば、「広ぐる」と連体形になります。すると、中八になってしまいますね。音数調整を再考しましょう。
柚子ジャムを炊く香仏間に届きをり
小倉あんこ
臨場感をほんの一匙足してみましょうか。こんな時は、口語のリアリティが役立ちます。
添削例
柚子ジャムを炊く香お仏間まで届く
若き向日葵揃ひて夜半に東向く
小倉あんこ
「鍋いっぱいの黄色い柚子ジャムが、いっぱいの向日葵に重なりました。第46回『深夜のドライブイン』でご指導いただいた〈鄙の里ひまわり夜半に東向く〉の一物仕立てに挑戦しました。向日葵の描写には『いっぱいの』『百万本の』も考えましたが、そこは『揃ひて』で想像していただけると期待して。さらに『若き』ではなく『成長期』『蕾の前』の方が具体的ですが、俳句として『若き』の勢いを生かしたいと思いました」と作者のコメント。
「若き向日葵」としたのは、とても佳い判断だと思います。あとは、「揃ひて~に~向く」という構造が散文的な点を改善できれば、人選ですね。
ジャムパンのジャム垂れ落ちて虎が雨
けーい〇
おっしゃる通りですね。「ジャム垂れ落ちて」が、曽我兄弟仇討ちの血……と思われると、「ジャムパン」にとっても「虎が雨」にとっても損だと思います。
言霊の幸ふごとく柚子の山
小川都
「古くから日本には、言霊信仰があると言われています。飛鳥時代か奈良時代に、中国から伝来したという柚子。日本の地にしっかり根付き、たわわに実る柚子山は、今も美しく幸せをもたらしてくれる言霊のようだなと思いました」と作者のコメント。
発想にオリジナリティがあります。下五「柚子の山」が、柚子が山盛りに積まれているのか、柚子畑の山か。ここが、明確に分かるような書き方ができるとベストです。「ごとく」という直喩の表現が必要かどうかも含めて、再考してみてください。
柚子ジャムをしたたか盛って朝の飯
八かい
「『柚子』は歳時記にありますが、『柚子ジャム』はありません。柚子ジャムの柚子として捉えていいのでしょうか?」と作者のコメント。
ジャムのような加工品を季語として立てるのは、かなり難しいかと。煮ている場面ならば、まだ柚子の季節感は確保できると思います。「柚子ジャム」は季語の力は少々弱まりますが、詩として秀逸なものもあるので、無季句として味わえる場合もありますね。
ぐらぐらと煮詰める果実太閤忌
渡邉 俊
「兼題写真を見て、石川五右衛門の釜茹でを思い出してしまいました。当時は五右衛門だけでなく、幼児も含めた彼の親類は全員同じように処刑されたとのこと。ジャムは美味しそうですが、鍋を見てちょっと怖い気分になりました」と作者のコメント。
うーむ……その狙いは、穿ち過ぎではないかなあ。季語は一考されたし。
柚子を摘むラジオは被爆者敗訴と
新井ハニワ
良い句材です。中七下五の調べを整えてみましょう。
添削例
柚子摘むやラジオ被爆者敗訴告ぐ
仏壇の捥ぎ立ての柚子ひとつ残し
ごまお
「いつも野菜などを頂く農家のおばあちゃんに、捥ぎ立ての柚子をたくさんいただきました。仏壇用に一つだけ残し、全部妻が台所にもっていきました」と作者のコメント。
なるほど、そのニュアンスなんですね。ならば……
添削例
仏壇に残す捥ぎ立て柚子ひとつ
ゆふさりの星鏤むる柚子の鍋
小山美珠
「『鏤むる(ちりばむる)』と読みます」と作者のコメント。
「鏤むる」は「柚子の鍋」に掛かるのでしょうか? それとも、中七で意味を切りたい?
ベートーヴェン攫ひて焦げる柚子のジャム
ひつじ
「攫ひ」は、この字で良いのでしょうか?
〈参考〉
さら・う〔さらふ〕【×攫う/×掠う】
[動ワ五(ハ四)]《「浚(さら)う」と同語源》
① 油断につけこんで奪い去る。気づかれないように連れ去る。「波に足を—・われる」「子供を—・う」「鳶(とんび)に油揚(あぶらげ)を—・われる」
② その場にあるものを残らず持ち去る。関心を一人占めにする。「人気を—・う」
杏煮る少年の眦黒子濃く
黒江海風
後半の語順を変えると、人選。
添削例
杏煮る少年ほくろ濃き眦
リハビリは中庭のコスモスを二周
東風 径
「を」と念押ししたい気持ちはよく分かります。が、韻律の点から考えると、「コスモス二周」としたほうが良いかなと。これならば、人選。
モーニングの柚子ジャムこっそりバッグに
石橋 いろり
「柚子ジャム」に加工されているものは、季語としてはちょっと弱いかなと思いつつ、それを煮ている場面ならば、まだ季節感はあるかと思います。が、「モーニングの柚子ジャム」は小さなパック詰めのヤツかと思われますので、やはり無季と考えるべきでしょう。
ソース顔の三春達磨や極暑来る
大西みんこ
「第46回『深夜のドライブイン』《ハシ坊と学ぼう!⑨》〈甘酒やソース顔の三春達磨〉の推敲句です」と作者のコメント。
そっちの方向に舵を切りましたか~(笑)。「ソース顔の三春達磨」という面白いフレーズを、しばし温存しておきましょう。ある日ある季節に、おおー! この季語だった! と気づく日がきます。俳句を寝かせてみるのも、大事な熟成方法です。
ほろ苦き媚薬を足すや柚子のジャム
伊藤 恵美
今、煮ていることを明確に書いてもらえると、人選です。例えば……
添削例
柚子ジャムを煮るほろ苦き媚薬足す
実生ぞと柚子をくれたり高梯子
深山むらさき
「よく登山に行く丹沢の麓で、柚子をいただいた思い出です。柚子を種から大木に育てるのは大変だったと思いますが、通りすがりの我々に『美味しいからもっていきな』と収穫中の方が声をかけてくれました。前半を『実生ぞとくれたる柚子や』としたほうが季語がたつかと思ったのですが、下五『高梯子』が浮いてしまう気がしました。『高梯子(の人)』と伝わるか、散文的ではないかが気になっています」と作者のコメント。
そうですね、下五が浮いてしまうという心配は、分かります。前半と「高梯子」を映像でつなげば、なんとかなりそう。例えば、「柚子放りくる」「柚子を放れり」とすれば、高梯子から放ってくれる感じは描けます。
ゆっくりぐたぐた柚子のジャム明日入院
佐藤 啓蟄
今、煮ている感じを明確にしてもらえるといいのですが。
添削例
ぐたぐたと柚子ジャムを煮る明日入院
刻むきざむレモン香まみれジャム作り
井上玲子
「刻むきざむ」から始まって、レモンの香にまみれている、という句材は佳いですね。下五「ジャム作り」していますと説明するよりは、下五で変化球を投げることができたら、面白いですね。
空き瓶の煮沸消毒サクランボ
ぴーとぺー
季語としては、「さくらんぼ」と書いたほうがよいですね。
秋の終りベビーベッドを解体し
春待みおつくし
季語は更なる選択の可能性はありますが、この季語でいくのならば、下五は「解体す」と言い切ったほうがよいです。
山積みの林檎赤黒く痛みけり
日向あさね
淡々と描写しているのはよいですね。「けり」と詠嘆しないほうが、逆に思いが強くなりそうです。
添削例
山積みの林檎は赤黒く痛む