第32回 俳句deしりとり〈序〉|「びる」①
始めに
出題の句からしりとりの要領で俳句をつくる尻二字しりとり、はじまりはじまり。
第32回の出題
兼題俳句
不機嫌な石鹸玉ほど生き延びる ぞんぬ
兼題俳句の最後の二音「びる」の音で始まる俳句を作りましょう。
※「びる」という音から始まれば、平仮名・片仮名・漢字など、表記は問いません。
ビルの窓彼方に赤子めく花火
伊沢華純
ビル群の高さを抜きて風船は
細川 鮪目
ビルの隅抜け風船は鳥となる
海里
ビル群をマンタの如き春夕焼
百瀬はな
ビル街の看板のない店の河豚
小笹いのり
ビル街の隅へ炎暑が歩いてら
千代 之人
ビルディング表記のビルで秋を食ふ
芝歩愛美
ビルヂング開襟シャツの下請けや
太刀盗人
「ビルヂング」のフォント再び秋高し
赤味噌代
「ビルヂング」書かれたドアの秋深し
殻ひな
ビルを蛾とガタガタのぼるエレベータ
阿部八富利
ビル清掃員の吸殻昼の月
ぐわ
ビル清掃技能競ひて大暑かな
水きんくⅡ
ビルそのものだけでなく、ビルを仕事場にする人も句材になります。《ぐわ》さんの句は清掃員さんの休息風景。ビル内部全般を清掃する業者さんでしょうか。一方、《水きんくⅡ》さんは「清掃技能」の一語が特殊清掃を思わせます。外壁や窓を掃除してる人の姿を時折見かけますね。いつも思うけど、高い外壁で作業するの怖くないのかなあ。「大暑」が磨き上げられたガラスや壁面に反射する光を思わせて、良い取り合わせ。
ビル風の渦や師走の靴の群
時乃 優雅
ビル風に背中を押されて薔薇を買う
細葉海蘭
ビル風に微かな死の香秋めきぬ
あなぐまはる
ビル風など知らぬ親父の背に乾風
大月ちとせ
ビル風の炎昼もう立てぬ羊
三尺 玉子
立ち並ぶビルの間に吹く強いビル風。思わぬ力強さによろめかされることもありますねえ。いくつかの句を並べてみると、それぞれに捉え方が違っているようで興味深いです。《時乃 優雅》さんや《細葉海蘭》さんは気忙しい都会の暮らしを乗りこなしている印象ですが、《あなぐまはる》さんはやや押し負けて弱っている感じ。個人的には都会にいまだ慣れないのでこっちに共感するなあ。《大月ちとせ》さんは都会とは縁遠いザ・頑固親父! な後ろ姿が見えてきます。《三尺 玉子》さんはかなり不思議な取り合わせ。ビル風の吹く環境で飼われてる羊がいるの? 「炎昼」と「もう立てぬ」が同居することによって、かなり切羽詰まった状態が推察されます。もう老衰して動けなくなっちゃってるのかなあ。
ビルを出て炎帝に押し戻されて
広島じょーかーず
ビル灼けてだらと始まる持久走
亘航希
ビル林立して人日の日本橋
日永田陽光
ビルに満月返却図書の栞
山本八
ビル二階の心療内科晩夏光
ピアニシモ
かたや《山本八》さんと《ピアニシモ》さんは、より静けさに寄っています。「図書(館)」「心療内科」の特徴付けによって、それぞれのロケーションやそこに集まる人の性質を読者に想像させます。
ビルを砕く百合地球の長い午後
ひな野そばの芽
不思議な発想として気になったのがこちらの句。百合がビルを砕く……? といささか困惑するのですが、ゆっくり咀嚼してみると味わいが出てきます。ビルと道路の隙間から百合が生えてきてるのかなあ。雑草の思わぬ生命力に驚くことはあるけど、「百合」の強い芳香が伴うとなおのことであります。「地球の長い午後」という大きな把握も魅力。夏の陽射しの下、百合は根を広げ、人類の生み出したビルを砕きながらその命を謳歌しているのです。
ビル裏の八百屋ふくよかなる茸
だいやま
ビルの底このわた啜る能登の酒
風蘭
ビルの底ビールの底に澱む種
白庵
《風蘭》さんと《白庵》さんの「底」は観念・概念として使われているのがわかります。ビルに押し潰されそうになりながら労働の糧を得ている姿に、一労働者として共感の涙ちょちょぎれますわ。
ビルド・ビルド・ビルド茉莉花の国よ
和脩志
一時期、スクラップアンドビルドという言葉が流行った記憶があります。同名の小説がヒットしたんだっけ? 「ビルド」は建築する、といった意味の英単語。「ビルド・ビルド・ビルド」と三連発で繰り返すほど、目覚ましい発展を遂げつつある「茉莉花の国」なのでありましょう。茉莉花の原産地である熱帯アジア、フィリピンやインドネシアなどでしょうか。茉莉花の可憐な白と発展の力強さが魅力的な取り合わせ。
《②へ続く》