第32回 俳句deしりとり〈序〉|「びる」②
始めに
出題の句からしりとりの要領で俳句をつくる尻二字しりとり、はじまりはじまり。
第32回の出題
兼題俳句
不機嫌な石鹸玉ほど生き延びる ぞんぬ
兼題俳句の最後の二音「びる」の音で始まる俳句を作りましょう。
※「びる」という音から始まれば、平仮名・片仮名・漢字など、表記は問いません。
ビル・ゲイツの眼黒らし紅葉狩り
金魚
ビル・ゲイツ檸檬の窓のテレワーク
二城ひかる
ビルゲイツくらべることをやめて虹
うに子
ビルの罠「窓」の更新待つ夜長
慈庵風
《慈庵風》さんは「ビル」とだけ書いてるけど、ビル・ゲイツ発想と思われます。「窓」=Windows、ってことね。更新プログラムかけ始めると時々すっごい時間かかったりするよねえ。やきもき仕事の手を止めさせられるじりじりとした「夜長」であります。
Bill・Evansの一音目秋北斗
レオノーレ・オオヤブ
ビルエヴァンスに似た秋晴の遺影かな
紅玉
ビルエバンスのはねる指星月夜
はるを
ビルエバンス体の揺れる星月夜
幸水
ビルのピアノに船しづみゆく月夜
ぉ村椅子
Billboard首位初夏のSynopsis
青居 舞
多くを語る必要はありますまい! Kis-My-Ft2『Synopsis』、ビルボードジャパン首位獲得おめでとう!! 「初夏」のチョイスがいいねえ。明るい希望と栄光のご挨拶句、たしかに掲載いたしましたぞ~♪
ビル・ナイの眼鏡ずれゆく阿波踊り
二兎丸
ビル・ロビンソン「人間風車」の星月夜
わおち
人名に限らず固有名詞を句に詠み込む際にはいくつか注意点がありますが、そのひとつは知名度です。場所の名前や人名など、非常~~~に有名なものであれば良いのですが、場合によっては読者の多くが「だれ?どこ?」となってしまうケースもあるのです。特定の分野を愛好する者にとっては常識だけど、そのジャンルの外に出た時に知名度としてどうか? なんて場合もありますね。
少なくとも僕の場合、お名前だけ拝見するとどっちもわからなかったのですが……調べてみると「ビル・ナイ」はイギリスの俳優さんとのこと。画像検索すると……知ってる知ってる!! 黒澤明監督の『生きる』のリメイク版で主演なさってる方ですね。『ハリー・ポッターと死の秘宝』でも魔法大臣演じてましたなあ。訪日されたのかしら。阿波踊り踊ったの??
《わおち》さんの句の「ビル・ロビンソン」も聞き覚えのない名前だけど、「人間風車」は出演作とかだろうか? ……って、調べたら全然違う!! ビル・ロビンソンはイギリス出身のプロレスラーであり、かのアントニオ猪木とも試合した「ヨーロッパ最強の男」とも呼ばれたとか。その試合で日本初公開されたビル・ロビンソンの技がダブルアーム・スープレックス=「人間風車」と呼ばれたそうです。ほほーー、知らない世界の歴史を垣間見るようで面白いなあ。取り合わせの「星月夜」は興奮に彩られた当時への追憶の想いでしょうかねえ。
ビル・ブラウンと出会うLesson1春日
古都 鈴
ビルさんの朝のサラート秋澄めり
玄子
《玄子》さんの句は、実際にお知り合いの「ビルさん」がいらっしゃるとも、それっぽい架空の人名を想像して作ったとも想像できます。「サラート」はイスラム教における礼拝のこと。澄んだ秋の朝の空気に祈りの朗唱が響きます。
ビルカの戦士柳髪を星月夜
久えむ茜咲
ビルカ埋む鹵獲のギヤマン罅鈍し
乃咲カヌレ
ビルカバンバの遺跡からこゑ星月夜
あみま
ビルカバンバ玉蜀黍の烟る谷
彩汀
《久えむ茜咲》さんと《乃咲カヌレ》さんの「ビルカ」とは中部スウェーデンのメーラレン湖に浮かぶビョルケー島の遺跡だそうです。バイキングによって建設され、交易地として栄えたとのこと。ははあ、戦士の柳髪だとか鹵獲のギヤマンだとか、登場するモノにも合点がいきましたわ! どちらの句も荒々しさと美しさとが同居していて好き。
じゃあ「ビルカバンバ」もおなじくスウェーデンのビルカに由来するのかと思いきや……全然違う!? 調べたところ「ビルカバンバ」について二つの情報が出てきました。ひとつは、インカ帝国最後の都として知られる都市遺跡、というもの。《あみま》さんの句は内容的にも間違いなくこちらの意味でしょう。もうひとつは、エクアドル南部にある村の名前、というものです。主産業としてトウモロコシの生産があるらしく、《彩汀》さんの句が描いてるのはこちらの「ビルカバンバ」かなあ。世界有数の長寿村で有名らしく、100歳以上の方も珍しくないとか。うーむ、すごいぞビルカバンバ!!
ビルアケム橋の揺る旗二重虹
めいめい
一点、文法上の要注意ポイントがあります。《めいめい》さんの表現したかった内容が「ビルアケム橋に旗が揺れている」映像であった場合は、終止形「揺る」ではなく連体形「揺るる」となる必要があります。文法を正しく推敲した場合、一音字余りになってしまうため、別途語順の整理などは必要になるかもしれません。句材は魅力的なので、バシッと決まる形に仕上げたいところですねえ。
ビルケナウの枯野に棄てられた灰
黒田栗饅頭(黒田安人改め)
「ビルケナウ」とはポーランド南部の村ブジェジンカのドイツ語名。第二次世界大戦中、かの悪名高きアウシュビッツとともに、ユダヤ人強制収容所がつくられた土地であります。土地の由来を知ると「枯野に棄てられた灰」が恐ろしい詩語として重みを持ち始めます。街や人、文化や知性をも、あらゆるものが燃やされた「灰」であると個人的には解釈しました。「枯野」は途方もない遠景として捉えても良いし、棄てられた灰が枯れ草の間にわだかまる近景として捉えても良い。現代の戦争を詠んだ句も昨今多いですが、こうやって先の大戦からもまだまだ悲惨の実像を発掘できるのだなあ……。
ビルグの霧よはちみつ色の壁よ
山姥和
びるぜんまりあヨセフの愛に水澄めり
まなと
びるぜんまりや守りし里の秋夕焼
かなかな
「まりあ」or「まりや」に「ヨセフ」とくれば、キリスト教の聖母マリアに関する言葉かな? と想像はできるのですが……「びるぜん」とはいったい??
漢字で書くと「毘留善麻利耶」となるようです。芥川龍之介の短編『さまよえる猶太人』にも記述があり、内容からしても聖母マリアを意味するのは間違いなさそう。「びるぜん」は英語のversin(処女)に相当するポルトガル語である、との情報もあります。《かなかな》さんの「守りし里」は日本における隠れキリシタンのイメージで読んでもいいなあ。長崎の海へと沈む秋夕焼の大景を思います。
ビルドゥングスロマン僕ら腹ぺこなんで栗
みづちみわ
ビルダーのセルフィー短夜の鏡
伊藤映雪
《③へ続く》