俳句deしりとりの結果発表

第34回 俳句deしりとり〈序〉|「びし」①

俳句deしりとり
俳句deしりとり〈序〉結果発表!

始めに

皆さんこんにちは。俳句deしりとり〈序〉のお時間です。

出題の句からしりとりの要領で俳句をつくる尻二字しりとり、はじまりはじまり。
“良き”

第34回の出題

兼題俳句

鼻涙管といふ暗渠や秋さびし  芦幸

兼題俳句の最後の二音「びし」の音で始まる俳句を作りましょう。

 


※「びし」という音から始まれば、平仮名・片仮名・漢字など、表記は問いません。

びしばしとノック秋夕焼痛し

ぞんぬ

ビシバシと指示出す女将忘年会

落花生の花

びしばしと叱られ冬に入る空よ

けーい〇

ビシバシは昭和の擬音ちやんちやんこ

蜘蛛野澄香

びしびしとコーチの指導秋の声

へばらぎ

ビシビシとママはスパルタブロッコリー

吉野川

びしびしと手順をきめる師走時

きらら

びしびしと鍛えられたる冬合宿

水玲

ビシビシと鍛へし日々や夏合宿

とぜん

びしびしのスポ根同窓会の秋

むらのたんぽぽ

今の時代だとパワハラだなんだとバッシングの対象になりそうなオノマトペを採用した句たち。まさに「昭和の擬音」なのかもねえ。ということは、みんなこういう雰囲気が残っていた時代を経験してるそれなりの年齢なのかしら。昔の運動部ってスゴかったよね。
“良き”

ビシと踏む枝の音軽き秋の径

織乃

びしと鳴る扇子の粋や寄席開き

さく砂月

ビシビシと床鳴り廊下冬ざるる

かみん

同じオノマトペでもこちらははっきり擬音だとわかります。枝が折れたり扇子を打ったりは「ビシ」と一度の音が威勢が良くてキマってます。床鳴りの擬音としては「ぎしぎし」が真っ先に思い浮かぶけど、「ビシビシ」だとより崩壊が近づいてそうでアブナイ。

 

“ポイント”

ビシッとはならぬ我が子や卒業歌

千暁

びしとさぐ胸章あまた文化の日

風早 杏

びしっと箸で湯豆腐つかむのが大人

あなぐまはる

こちらは印象を伝えるオノマトペ。擬態語ですね。子どもの頃は式典とかでビシッと過ごすの難しかったけど、大人になると自然とできるようになるんだから不思議なもんです。《あなぐまはる》さんの句も変な感覚だけど好き。「○○ができたら大人」みたいな、いわゆる大人の定義というやつですが、「湯豆腐」に託す飄々とした俳諧味が魅力です。くらくら煮える湯豆腐が蠱惑的。

“とてもいい“

びしょびしょのジャケット左手にケーキ

Q&A

びしゃびしゃの床がただただ大西日

くるぽー

ビシャビシャを踏まず飛び込むプールかな

蛙手

びしゃびしゃの指ごと啖へ終(つひ)の桃

池田義昭(のさら子改め)

どちらも水気たっぷりのオノマトペであります。《Q&A》さんは帰宅中に雨に降られたのかな……あるいは川にでも落ちた? ケーキのご無事を祈ります。《のさら子》さん改め《池田義昭》さんは「終の桃」が上手い。病床で自らの髭を濡らして果物を食べていただろう正岡子規を彷彿とさせます。

“ポイント”

びしよ濡れの子犬を拾ふ虎が雨

山川腎茶

びしょ濡れの犬の首にもクリスマス

鈴木秋紫

びしょ濡れの今日のワンコや秋湿り

Aki

びしょ濡れの仔猫抱きしめ巴里の秋

ミセスコロンボ

びしょ濡れの子猫と吾子の午後三時

黒猫

びしょ濡れの猫をふところ皮コート

ゆりかもめ

びしょ濡れし子猫拾ろうて秋彼岸

小川多英子

びしょぬれの理由は聞かぬ目刺焼く

咲山ちなつ

びしょぬれの犬や猫を拾うのって永遠の定番だよなあ。不良が犬猫に優しくしてるのを目撃してキュンとしたり、子どもが拾ってきたのを「しょうがないわねえ、ちゃんと面倒みるのよ」言ってたりするやつ。統計によると全国の犬猫殺処分数は毎年減少してるそうですが、つまり捨て犬や捨て猫自体が減っていると考えていいのかしら。そうなると、捨て犬や捨て猫にまつわる類想も時代と共にあまり見られなくなっていくんだろうか。未来が興味深い。
“とてもいい“

びし仕掛け三浦の沖に鶏魚追う

稲垣加代子

びしを付けコマセを撒いて鯵を待つ

ビシ撒いて逃げ込んだ舎のすがれ虫

猫笑ふふ

びしまは竜潜む淵へ一定に

西瓜頭

ビシ釣りの秋鯵太く潮太く

若山 夏巳

びし釣りや釣果虚しき鯵二匹

オカメのキイ

ビシ釣りや当たりの続く秋の海

美んと

ビシカゴに安いオキアミ土用凪

めぐえっぐ

ビシカゴに騙され甘鯛宙を舞う

まゆ志

ビシカゴの拘るコマセ鱗雲

こきん

びし流しさびく指先鯵もよう

静岩

びし籠の砂の手応え野分過ぐ

平岡梅

「びし」は釣りで使うおもりのこと。「びしま」とも呼ばれます。釣り好きな人にはおなじみですね。一方で、釣りの経験が皆無な人にとっては「?」になる可能性もあります。かといって「ビシはこうやって使うものですよ」「○○を釣るんですよ」みたいな内容に終始すると説明的になりかねないし……専門的な道具を句材にするジレンマですねえ。その点、《平岡梅》さんの句は良いバランス。五感を伴った描写をきっちりしつつ、中七で切って取り合わせへと移行しています。野分が過ぎたあとの凪にようやく魚たちも動き始めるのかも。
〈②に続く〉
“良き”