写真de俳句の結果発表

第51回「味噌づくり」《ハシ坊と学ぼう!⑪》

ハシ坊

第51回のお題「味噌づくり」

評価について

本選句欄は、以下のような評価をとっています。

「天」「地」「人」…将来、句集に載せる一句としてキープ。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。

特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。

「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考えるそれが最も重要な学びです。

安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。

櫛欠ける雑煮の湯気に母の顔

蛇の抜け殻

夏井いつき先生より
「去年の正月にいた母が今年(2024年)はおらず、チョット寂しく雑煮を祝っている状況を詠みました。『櫛欠ける』は、チョットありきたりではあるのですが……」と作者のコメント。

「櫛欠ける」が、そのような状況を表していると、この字面から読み解くのはちょっと難しいかと。再考してみましょう。
“参った”

唐衣の袖に味噌の香さくらばな

翡翠工房

夏井いつき先生より
「和泉式部の歌に味噌を貰いにくる人を詠んだものがあります。差し上げるけど桜を持ってきて欲しいと。昔は高貴な身分の人しか口に入らなかったようです。味噌汁のように、水にとくのではなく、直接食べていたようです。こぼれ落ちた味噌は、美しい唐衣にも付いたことでしょう」と作者のコメント。

本歌取りの句としては、本歌の内容をなぞって終わったという感じです。本歌を土台にして、あと一匙なにを添えるか。そこが、本歌取りという手法の難しいところです。
“ポイント”

コンビニの味噌汁旨し良夜かな

のんきち

夏井いつき先生より
中七「~旨し」と終止形で切れてしまうと、下五「~かな」への調べが滞ります。「味噌汁旨き」と連体形にすれば、人選です。
“参った”

数へ日の麹香りし割烹着

長楽健司

夏井いつき先生より
今、香っているという臨場感を大切にするならば、「香れる」でしょうか。
“ポイント”

味噌搗きや投げ込む声の響く村

神無月みと

夏井いつき先生より
「以前は冬に一年分の味噌を仕込む家が結構ありました。何度かお手伝いに駆り出されて、味噌玉を桶に投げ込んでいるとだんだん声が大きくなって、みんなで笑いながら作業していたのを思い出しました」と作者のコメント。

句材がよいです。「味噌玉を桶に投げ込む」様子に焦点を合わせることをお勧めします。着地が「~村」となると、光景が散漫になるのが勿体ないですね。
“ポイント”

納豆は七日お預け味噌造り

いわさき

夏井いつき先生より
「たぶん詠まれてる方が多いだろうなと思いつつ。味噌造り前に納豆を食べてはいけないのですが、その日数は人それぞれのようです。二日あけた後の味噌造りを失敗したことがあるので、うちは用心を取って七日納豆禁止です」と作者のコメント。

そうですね。この事実のみを書くと、やはり類想の渦に飲み込まれてしまいます。俳句は、何がどうしてこうなったというストーリーやエピソードを書くには、音数が少なすぎます。言葉の写真だと考えてみましょう。
“参った”

味噌仕事終えし蔵にも冬入日

一井かおり

夏井いつき先生より
中七「~にも」だけ解消してみましょう。散文的な助詞の使い方になっています。
“ポイント”

取り逃すハードボイルド寒卵

佐藤ゆま(歯科衛生子)

夏井いつき先生より
「しこたま呑んで深夜の帰宅。小腹が減ったけれど冷蔵庫に残っているのは玉子のみ。radikoで『一句一遊』を聴きながら茹でる。いつも通り巻き戻しながらじっくり聞いていると、茹で時間をオーバーしてしまった。酔っているからか、固茹でしすぎたからか、折角のゆで玉子を取り落してしまう。〈寒卵てふつんつるのタフな奴〉案外にこっちの方が良かったりして……」と作者のコメント。

作者コメントを読んで、何がいいたいのか分かりました。「ハードボイルド」は小説なのかと読んでしまいました。「寒卵」は取り合わせた季語? かと。「取り逃がす」から始まるのも問題かもしれません。
“参った”

味噌小屋の樽を抱へて喰らう熊

茂木 りん

夏井いつき先生より
「群馬県の山の上に住んでいた亡き伯母が、味噌の樽が盗まれたと思っていたら熊に食べられていたそうで、味噌はともかく、怪我がなくて良かったと皆で話しました。今は町中にも熊がやってくるようになりましたね」と作者のコメント。

作者コメントは句材として面白いですね。「樽を抱へて喰ら」ったに違いないという光景を想像するよりは、「伯母の味噌樽が熊に盗られた」ことを率直に書くほうが、リアリティがあります。
“参った”

味噌玉や吊るす広縁山の影

肴 枝豆 (さかな えだまめ)

夏井いつき先生より
全体が三段切れっぽくなっているのは、「味噌玉を吊るす広縁」とすれば、回避できます。「味噌玉や」という詠嘆を大事にしたいのならば、中七下五の描写を一考する必要があります。
“ポイント”

味噌搗くや外はちらちら玉の塵

ちくちく慶

夏井いつき先生より
下五「玉の塵」とは霰? 雪? 上五に「味噌搗く」と季語があるので、下五は季重なりを回避するための工夫なのかもしれませんが、この表現は損です。
“参った”

紫紺の秋茄子きしきし水はじく

すがのあき

夏井いつき先生より
語順が逆かな。

添削例
秋茄子の紫紺きしきし水はじく
“ポイント”

味噌汁当番が南瓜も切ってゐる

奈良井

夏井いつき先生より
「見たものをそのまま描写することのシンプルさが苦手で、こういった句は避けてきたのですが、他の方の人選の句を参考にしながら敢えてトライしてみました」と作者のコメント。

その姿勢、良いですね。この句も、見ている人物は「あら、南瓜入れるの?」といぶかしんでいる感じが読み取れて、可笑しみがあります。表記のみ。下五「ゐる」と歴史的仮名遣いになっていますから、「切つて」と、「っ」を大きく書く必要があります。これならば、人選です。
“参った”

冬木の芽樽の酵母の生く嫌気

海色のの

夏井いつき先生より
「酵母は嫌気状態(無酸素状態)だと、発酵という人間に有益な働きをしてくれると知り、無酸素でも生きていけるんだ! と驚きました」と作者のコメント。

なるほど、「嫌気」とはそういう意味なのですね。「生く」は、自動詞の「生きる」ですから、カ行上二段活用ではないかと調べてみましたら「四段活用から転じて、平安中期頃から使われた」とありました。この情報も含めて、語順など一考してもよいのかもしれません。
“参った”

父ちゃんの味噌もらふたしおでんでも

あねもねワンヲ

夏井いつき先生より
「もらふたし」は「もろうたし」と読ませたいのかな? だとすれば、「もらつたし」または、ウ音便なら「もらうたし」となるように思います。
“参った”