第35回 俳句deしりとり〈序〉|「めしゅ」③

始めに
出題の句からしりとりの要領で俳句をつくる尻二字しりとり、はじまりはじまり。


第35回の出題
兼題俳句
年数は出逢いとろんとする梅酒 くるぽー
兼題俳句の最後の二音「めしゅ」の音で始まる俳句を作りましょう。
※「めしゅ」という音から始まれば、平仮名・片仮名・漢字など、表記は問いません。
女酒(めしゅ)注ぐ 看板姉妹 師走の店
徳佐津麻似合


メ州からホラーの帝王赤風船
阿部八富利
アメリカ・メイン州の出身というのは今初めて知りました。『IT』しかり片田舎っぽい舞台がよく登場するけど、出身地がモデルになってるケースとかあるのかなあ。行方不明者が頻繁に出るとかそういうやつ。
ところで風船いる?


メシュエン条約コタツに輸入ワイン
白発中三連単
メシュエンの鬘よ風青き条約
馬場めばる
日本語ではない単語に「めしゅ」を求めた人たちもいました。1703年にイギリスとポルトガルの間に結ばれた通商条約だそうです。ポルトガルはイギリスの毛織物製品の輸入を認め、イギリスはポルトガルのブドウ酒をフランス産よりも安い関税で輸入するというもの。《白発中三連単》さんは「輸入ワイン」がストレートにわかりやすい発想であります。コタツに入って歴史でも軽く勉強しながら一杯やってるのかしら。《馬場めばる》さんはイギリス側の代表、ジョン・メシュエンの鬘(かつら)が風になびいてるイメージかな。画像検索してみると思った以上にびろ~んと長いかつらで笑っちゃった。


メシュラム記の隣は『武蔵』冬うらら
ゆすらご
メシュラム記神田で探す十二月
森ともよ
メシュラム記ローマの冬に風が吹く
野山めぐ
メシュラム記読んで一人の聖夜更け
葉山さくら
こちらは宗教書かなにかかな? と思いきや、日本の作家・鶴田知也による小説だそうです。それで隣に『武蔵』があるのかあ、日本人作家なら「む」「め」で並んでおかしくないわけだ。《野山めぐ》さんの句に「ローマ」とあるとおり、舞台はイエス=キリストの時代の古代ローマとのこと。どの句も冬の季語が取り合わされているあたり、作中は冬の頃の話として描かれてるんでしょうか。読んだことないけど題材としては割と好みのラインぽくて気になるなあ。


メシユトロビチ「熟考」ゆゑの木の葉髪
清水縞午
メシュトロビチの熟考の人炉火
西村小市
メシュトロビッチのアトリエ近し穴惑
葦屋蛙城
「メシュトロビッチ」と言ひ合ひ返す餅
森野みつき
A「メシュトロ!」(杵つく)
B「ビッチ!」(餅返す)
(以下繰り返し)
……ってコト!?


「メシュメシュ」と花嫁ブータンに春立つ
よはく
内容からして花嫁さんの発言なんでしょうねえ、「メシュメシュ」どんな意味なんだろう。調べてみると、ブータンの食事作法の一環で使う言葉みたいですね。料理を出されると一度はお断りする姿勢を示す必要があり、その際に口を手で覆いながら「メシュメシュ」と言うらしい。その後2回3回と料理を出されたら断らずに食べるのだそうです。へぇー、なんだか日本っぽい。「春立つ」がいかにも喜ばしい結婚を想像させる良い取り合わせ。


メシュイかうばしマラケシュは大夕焼
巴里乃嬬
メシュイじっくりと冬天へ焼かれゆく
コンフィ
メシュイ焼く焔ひとつの冬茜
小山美珠
メシュイ食む禁酒十日目の三日月
めいめい
メシュイとはモロッコ料理で仔羊の丸焼きのこと。毎度ながらしりとりで発揮される俳人の知識量には驚かされますねえ。みんななんでメシュイなんて料理知ってるの……? 丸焼きという大掛かりな調理となると、やはり屋外で焼くことになるのでしょうか。雄大な夕焼け、冬天へと立ち上る香ばしい煙、大景にぽつんと灯る焔、出の早い三日月の下での酒宴(と、禁酒で飲めない人の嘆き)……現物を見たことないのに、風にのって漂ってくる香りまで感じられるんだから俳句って不思議。


メシュガーのデスヴォイスめく極暑かな
黒田栗まんじゅう
メシュガーのノイズさながら雪しまく
小川さゆみ
メシュガーの唸りメタルに仙人掌の花
天弓
メシュガーの轟音吹雪の灯台
天風さと
メシュガーの歯をむく男冬の月
草夕感じ
メシュガーの重き凍土デスメタル
若山 夏巳
メシュガーのリズム気まずき聖夜かな
栩々 万波
おお、やたらメタルな感じの一団が現れたな!? 句からもわかるとおり「メシュガー」はメタル音楽を中心に展開するバンド。スウェーデンで結成され、1987年から活動しているそうです。ちなみに「メシュガー」とはヘブライ語およびイディッシュ語で「狂気の」といった意味。聴いたことないんだけど、調べてみるとファンの熱量があまりにもすごくて圧倒されます。個人的には《栩々 万波》さんの状況共感するなあ……激しすぎる曲って好き嫌い分かれるから、他人と共有するの気を使うよね。ドイツのパンクロックバンドのDie Ärzteってグループ好きなんですけど人に勧められない! 勧めにくい!


メシュガーと蹴られ殴られ冬銀河
染野まさこ
こちらはバンド名ではなく単語本来の意味での「メシュガー」でしょうか。蹴られ殴られ、弾圧される者の悲哀を受け止めて「冬銀河」が厳しくも力強い取り合わせ。中七「~られ~られ」が時間の経過を含んで少しもったりした語りになっているので、個人的には今まさに暴力の渦中にあるというよりは、相手が去ったあとにようやく痛む身体を引き起こそうとしている状況を想像しました。暴力は身体を傷つけ、「メシュガー」と投げつけられた言葉は心を傷つけて。


メシュレスの消毒椅子に雪帽子
山本八角
メシュレスを噴霧真冬の待合室
のりのりこ
《山本八角》さんの句だけだと保育園や幼稚園かな? と想像しますが、《のりのりこ》さんの「待合室」と合わせると病院の読みに集約されていきますね。「メシュレス」は動物病院専用の消毒薬とのこと。つまり二句とも動物病院なんですね。一句のなかに動物を思わせる言葉を散りばめずとも「メシュレス」の一語だけでわかる人にはわかる、言葉の経済効率に優れた効果的な固有名詞として機能しています。雪帽子の持ち主の体温が残っていそうな前者と、事務的な作業感を思わせる後者。描き方が真逆なのも興味深い。


メシュベルガーの解析西の雪の色
真夏の雪だるま
……うん、調べた。
調べた……が……駄目っ……! 圧倒的難解……!
「メシュベルガー」は解析技術の名前ではなく、医学書の著者の名前「Melvin L. Moeschberger」らしいのはわかったんですが、出てくる情報がどれも難解で難解で……。生存時間解析という手法について書かれているようで、生物やウィルスの死亡・消滅までの時間などをデータをもとにして推定したりする技術……らしい。応用が利く技術であり、工学、経済学、人口統計学などでも使われているのだとか。
うーーーーん、すごそうなのはわかった!! この句でいえば雪がどれくらい生存できるかもわかるってことか!? 西側は西日で融け始めるのが早いとかそういう話なのか!? 誰か詳しい人解説してくれーッ!


第37回の出題
囚人齧る人日のビスケット
さく砂月
小細工無し、数少ない「めしゅ」から始まる日本語で勝負した一句に戻ってまいりました。「めしゅうど」について、歌詠みor獄中の人、どちらで捉えるかの問題がありましたが、組み合わせる言葉によって読みの方向性を絞るのは一つの手です。現代にはありふれた「ビスケット」が登場するとなれば獄中の読みが優勢になります。獄中への差し入れ、あるいは、ささやかに支給される嗜好品でしょうか。一月七日、人日を寿ぐ品のようでもあり、口の水分を奪い、砕けた粉の零れる少し困ったブツでもあるでしょう。目の前の事象をこの囚人はどう受け取るか? その判断こそが一年の人の吉凶を占う「人日」の肝なのかもしれません。
ということで、最後の二音は「っと」でございます。
しりとりで遊びながら俳句の筋肉鍛えていきましょう!
みなさんの明日の句作が楽しいものでありますように! ごきげんよう!

