第53回「火の山公園のチューリップ」《ハシ坊と学ぼう!⑭》
評価について
本選句欄は、以下のような評価をとっています。
「天」「地」「人」…将来、句集に載せる一句としてキープ。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。
特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。
「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考える。それが最も重要な学びです。
安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません。己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。
火の山に咲くチューリップインスタや
直感勝負
夏井いつき先生より
下五「~や」の着地は、バランスが取りにくい難しい型です。この場合でしたら、「インスタや」を上五にもってくれば、並選に入ります。
下五「~や」の着地は、バランスが取りにくい難しい型です。この場合でしたら、「インスタや」を上五にもってくれば、並選に入ります。


チューリップ赤白黄色の楽しさや
喜悦
夏井いつき先生より
「高校の花壇では、春になると赤白黄色のチューリップが楽しそうに揺れていて、見ているこちらも気持ち良くなったのを思い出します」と作者のコメント。
下五「楽しさや」と言いたい気持ちは分かるのですが、下五「~や」の着地は、バランスが取りにくい難しい型です。むしろ「○○○○や」と上五におくことをお勧めします。ただし、「楽しさ」は言わずもがなの言葉ですから、全く違う展開がいいですね。「青空や」とすれば、空間が広がりますし、「鉄棒や」とすれば、校庭の様子が描けますね。上五を一考して下さい。
「高校の花壇では、春になると赤白黄色のチューリップが楽しそうに揺れていて、見ているこちらも気持ち良くなったのを思い出します」と作者のコメント。
下五「楽しさや」と言いたい気持ちは分かるのですが、下五「~や」の着地は、バランスが取りにくい難しい型です。むしろ「○○○○や」と上五におくことをお勧めします。ただし、「楽しさ」は言わずもがなの言葉ですから、全く違う展開がいいですね。「青空や」とすれば、空間が広がりますし、「鉄棒や」とすれば、校庭の様子が描けますね。上五を一考して下さい。


金平糖転がり埋る花筵
松田 涼花
夏井いつき先生より
「手のひらに持っていた色とりどりの金平糖が、誤ってこぼれ落ち、色とりどりに咲き乱れる花の中に埋もれてしまった様を書きたかったです」と作者のコメント。
「花筵」は花見のための筵。花見とは、桜を楽しむことですね。作者コメントにある「色とりどりに咲き乱れる花の中に埋もれて」という状況とは、少し違うのかもしれません。とはいえ、「金平糖」と「花筵」の取り合わせは佳いですね。「転がる」様子を描けば、「埋る」と書かないほうが読者としては想像が広がります。季語「花筵」が、埋まる様子も想像させるからです。
「手のひらに持っていた色とりどりの金平糖が、誤ってこぼれ落ち、色とりどりに咲き乱れる花の中に埋もれてしまった様を書きたかったです」と作者のコメント。
「花筵」は花見のための筵。花見とは、桜を楽しむことですね。作者コメントにある「色とりどりに咲き乱れる花の中に埋もれて」という状況とは、少し違うのかもしれません。とはいえ、「金平糖」と「花筵」の取り合わせは佳いですね。「転がる」様子を描けば、「埋る」と書かないほうが読者としては想像が広がります。季語「花筵」が、埋まる様子も想像させるからです。


吾の腹の卵よ動け木の芽時
花乃香
夏井いつき先生より
「二年前の春に不妊治療を始めました。人工授精を行う為、排卵を待ち連日通院する周期が続きました。主治医の先生に『うーん、卵ちゃんまだ動いてないねぇ。大きさ的にはもう良いはずなんだけど、のんびりさんなのかしら。明日の早朝また来てくれる?』と言われた事を思い出します。あの時は排卵の事で頭がいっぱいでした」と作者のコメント。
貴重な体験ですね。これは是非、俳句にしたい句材です。「吾の腹の卵」という書き方では、誤読が生じるので、「吾が胎の卵子」とすれば、伝えたい内容に近くなるかと思います。
貴重な体験ですね。これは是非、俳句にしたい句材です。「吾の腹の卵」という書き方では、誤読が生じるので、「吾が胎の卵子」とすれば、伝えたい内容に近くなるかと思います。


公園のトイレ掃除へ春陽かな
つーじい
夏井いつき先生より
助詞「へ」は、日差しが当たるという意味でしょうか。「トイレ掃除へ」行く、という意味でしょうか。下五の季語「春陽」は、「春日」と書けば、太陽の日差しを意味しますので、「陽」の字を使う必要はありません。
助詞「へ」は、日差しが当たるという意味でしょうか。「トイレ掃除へ」行く、という意味でしょうか。下五の季語「春陽」は、「春日」と書けば、太陽の日差しを意味しますので、「陽」の字を使う必要はありません。


甘き香に導かれたりチューリップ
小澤翔明
夏井いつき先生より
中七「導かれたり」が説明の言葉です。「甘き香に」とあれば、中七の意味を読み手は想像してくれます。


「映え」あれや蹂躙されし春愁う
慈庵風
夏井いつき先生より
「映え」とは、流行り言葉の「ばえる」というヤツでしょうか。「蹂躙されし」=何が、何を蹂躙したのか。この字面では、そのあたりが分かりません。兼題写真を見ていない人には、伝わらない一句になってしまいました。再考してみましょう。
「映え」とは、流行り言葉の「ばえる」というヤツでしょうか。「蹂躙されし」=何が、何を蹂躙したのか。この字面では、そのあたりが分かりません。兼題写真を見ていない人には、伝わらない一句になってしまいました。再考してみましょう。


花咲けば芯は宇宙かチューリップ
大久保一水
夏井いつき先生より
「咲いた花の中を覗くと、まるで宇宙人がいるかのようで、それまでも好きでしたがチューリップが大好きになりました」と作者のコメント。
「チューリップ」は勿論のこと、植物の季語は基本的には「花が咲いた状態」を季語として捉えますので、上五「花咲けば」と書く必要はありません。「チューリップの芯は」でよいかと。とはいえ、「芯」とは中心の軸という意味でしょうか? 「蕊」のことでしょうか。その読みを確定しにくいのも気になりました。
「咲いた花の中を覗くと、まるで宇宙人がいるかのようで、それまでも好きでしたがチューリップが大好きになりました」と作者のコメント。
「チューリップ」は勿論のこと、植物の季語は基本的には「花が咲いた状態」を季語として捉えますので、上五「花咲けば」と書く必要はありません。「チューリップの芯は」でよいかと。とはいえ、「芯」とは中心の軸という意味でしょうか? 「蕊」のことでしょうか。その読みを確定しにくいのも気になりました。


チューリップやこの道を行く選択肢
石津 さくら
夏井いつき先生より
「先日映画『サウンド・オブ・ミュージック』を見ました。美しい自然。平和を求め全ての山に登る。ラストシーンは改めて感動しました。その思いを込めました」と作者のコメント。
下五「選択肢」が説明の言葉になっています。「この道を行く」と書けば、下五は不要。上五も「チューリップ」で、意味上の切れは生まれますので、敢えて「や」と詠嘆しなくてもよいでしょう。
「先日映画『サウンド・オブ・ミュージック』を見ました。美しい自然。平和を求め全ての山に登る。ラストシーンは改めて感動しました。その思いを込めました」と作者のコメント。
下五「選択肢」が説明の言葉になっています。「この道を行く」と書けば、下五は不要。上五も「チューリップ」で、意味上の切れは生まれますので、敢えて「や」と詠嘆しなくてもよいでしょう。


風に舞ひ散り急ぎけり糸桜
紀子
夏井いつき先生より
「舞ひ散り急ぎ」と書かなくても、「風に糸桜」と書けば、そのような光景は読者の脳内に再生されていきます。残りの音数はたっぷりありますから、再考してみましょう。
「舞ひ散り急ぎ」と書かなくても、「風に糸桜」と書けば、そのような光景は読者の脳内に再生されていきます。残りの音数はたっぷりありますから、再考してみましょう。


壇ノ浦の静かチューリップは赤
天弓
夏井いつき先生より
「火の山公園とのことで、壇ノ浦の合戦を思いました。沢山の恨みや怨念を飲み込んだ壇ノ浦。それを浄化するように咲く花々。全てを飲み込んで、壇ノ浦は静かに水面を揺らし、それを見下ろして咲くチューリップの赤を詠みました」と作者のコメント。
前半は、「壇ノ浦静か」と句またがりで構成して、残りの音数で「チューリップ」の描写にかける。そこに、人選への道があります。
「火の山公園とのことで、壇ノ浦の合戦を思いました。沢山の恨みや怨念を飲み込んだ壇ノ浦。それを浄化するように咲く花々。全てを飲み込んで、壇ノ浦は静かに水面を揺らし、それを見下ろして咲くチューリップの赤を詠みました」と作者のコメント。
前半は、「壇ノ浦静か」と句またがりで構成して、残りの音数で「チューリップ」の描写にかける。そこに、人選への道があります。


チューリップ花弁落ちるや目を逸らし
奥山水珠
夏井いつき先生より
この場合は、下五「目を逸らし」と作者自身の行動を書くのではなく、あくまでも「チューリップ」の描写に徹するのが得策でしょう。
この場合は、下五「目を逸らし」と作者自身の行動を書くのではなく、あくまでも「チューリップ」の描写に徹するのが得策でしょう。


海峡に晋作の夢風光る
三日余子
夏井いつき先生より
「火の山公園は狼煙から来ているとのことで武士の時代をイメージしますが、そのすぐ近くに関門海峡があって何度か行ったことがあります。『海峡』と『風光る』はすぐに思いついたのですが、中七について、最初は『偉人を偲び』にしていましたが、より具体的に幕末の志士を挙げた方がよいと思って変えました。俳句としてのつながりが気になっています」と作者のコメント。
語順が惜しいです。
添削例
晋作の夢海峡の風光る
「火の山公園は狼煙から来ているとのことで武士の時代をイメージしますが、そのすぐ近くに関門海峡があって何度か行ったことがあります。『海峡』と『風光る』はすぐに思いついたのですが、中七について、最初は『偉人を偲び』にしていましたが、より具体的に幕末の志士を挙げた方がよいと思って変えました。俳句としてのつながりが気になっています」と作者のコメント。
語順が惜しいです。
添削例
晋作の夢海峡の風光る


海峡を遥か見渡す桜守
蛙手
夏井いつき先生より
中七と同じ意味を表現できる「見晴るかす」という言葉があります。「海峡見晴るかす」と書けば、音数が節約できますね。
中七と同じ意味を表現できる「見晴るかす」という言葉があります。「海峡見晴るかす」と書けば、音数が節約できますね。


野仏に寄り添い語るチューリップ
紫子
夏井いつき先生より
「一塊の賑やかそうなチューリップが孤独な野仏に語り掛けているような、チューリップの優しさを詠みました」と作者のコメント。
「寄り添い」という形状をとるか、「語る」という擬人化をとるか。どちらかにしましょう。二つの工夫が入ると、季語よりもそこの部分が悪目立ちしてしまいます。余った音数は描写に使う。これが定石です。
「一塊の賑やかそうなチューリップが孤独な野仏に語り掛けているような、チューリップの優しさを詠みました」と作者のコメント。
「寄り添い」という形状をとるか、「語る」という擬人化をとるか。どちらかにしましょう。二つの工夫が入ると、季語よりもそこの部分が悪目立ちしてしまいます。余った音数は描写に使う。これが定石です。


まだ出来ぬ花のじゅうたんも富良野なり
小泉れもん
夏井いつき先生より
「昨年(2024年)は北海道に行きました。憧れの富良野のパッチワークのような花畑を見たかったのですが、時期が早くまだところどころの花壇でした。しかし広く広がった畑にラベンダーやサルビア、チューリップが咲くさまはイメージできたのです」と作者のコメント。
俳句で「花」というと「桜」を指します。更に、一面に咲いている花々に対して「○○のじゅうたん」という見立ても、使い古されています。ご自身のコメントの中に、推敲に使える言葉が色々と書いてありますよ。
「昨年(2024年)は北海道に行きました。憧れの富良野のパッチワークのような花畑を見たかったのですが、時期が早くまだところどころの花壇でした。しかし広く広がった畑にラベンダーやサルビア、チューリップが咲くさまはイメージできたのです」と作者のコメント。
俳句で「花」というと「桜」を指します。更に、一面に咲いている花々に対して「○○のじゅうたん」という見立ても、使い古されています。ご自身のコメントの中に、推敲に使える言葉が色々と書いてありますよ。


チューリップ私は朱なりと凛と立つ
永順
夏井いつき先生より
「~凛と立つ」の部分は要一考。かなり使い古された言い回しです。むしろ上五で「吾は朱なり」と五音で言い切り、残りの音数で「チューリップ」を描写してみましょう。自分独自の描写を見つけるためには、観察しかありません。
「~凛と立つ」の部分は要一考。かなり使い古された言い回しです。むしろ上五で「吾は朱なり」と五音で言い切り、残りの音数で「チューリップ」を描写してみましょう。自分独自の描写を見つけるためには、観察しかありません。


山の師の一周忌菜の花蝶に化す
柳翠
夏井いつき先生より
「趣味の登山でお世話になっていたガイドさんが、昨年(2024年)にご一緒した直後のツアーで心臓発作で急逝してしまいました。山のイロハを教えてくれた恩人です。この一年寂しく思いながらも、山のどこかで彼が見守ってくれていると感じながら過ごしました。初心者の自分には長すぎる季語ですが、気持ちを表せるのではとチャレンジしてみました」と作者のコメント。
チャレンジ精神は買いましょう。ただ、追悼の気持ちを表すための季語として「菜の花蝶に化す」は形骸的な印象を読者に与えます。自然を愛された故人のようですから、むしろ「菜の花」なり「蝶」なり、自然のもとに生きる季語を取り合わせる方が、思いの籠もった追悼句になるように思います。
「趣味の登山でお世話になっていたガイドさんが、昨年(2024年)にご一緒した直後のツアーで心臓発作で急逝してしまいました。山のイロハを教えてくれた恩人です。この一年寂しく思いながらも、山のどこかで彼が見守ってくれていると感じながら過ごしました。初心者の自分には長すぎる季語ですが、気持ちを表せるのではとチャレンジしてみました」と作者のコメント。
チャレンジ精神は買いましょう。ただ、追悼の気持ちを表すための季語として「菜の花蝶に化す」は形骸的な印象を読者に与えます。自然を愛された故人のようですから、むしろ「菜の花」なり「蝶」なり、自然のもとに生きる季語を取り合わせる方が、思いの籠もった追悼句になるように思います。


青き踏む黄色き声の赤き頬
田上南郷
夏井いつき先生より
「青~黄~赤」と色の印象を重ねた工夫は分かるのですが、主役であるべき季語「青き踏む」の効果が薄まってしまったことのほうが問題です。一考してみましょう。
「青~黄~赤」と色の印象を重ねた工夫は分かるのですが、主役であるべき季語「青き踏む」の効果が薄まってしまったことのほうが問題です。一考してみましょう。


花瓶のチューリップしなり憂ひこぼる
一久恵
夏井いつき先生より
「この句は、上五、中七句跨りの十二音プラス下六で、俳句として成立していますか?」と作者のコメント。
十七音に対して、言葉の数が多いのです。自立語を一つ減らして、再構成してみましょう。言葉の優先順位を自問自答して下さい。
「この句は、上五、中七句跨りの十二音プラス下六で、俳句として成立していますか?」と作者のコメント。
十七音に対して、言葉の数が多いのです。自立語を一つ減らして、再構成してみましょう。言葉の優先順位を自問自答して下さい。

