第53回「火の山公園のチューリップ」《地》
評価について
本選句欄は、以下のような評価をとっています。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。
特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。
「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考える。それが最も重要な学びです。
安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません。己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。

地
第53回
花壇からスコップの春っぽい角度
四方うみ哉
「花壇から」の「から」は、どう解釈すればよいのか。少し悩みましたが、中七下五「スコップの春っぽい角度」という詩語に軽やかな実感があって、愛してしまいました。
花壇に突き立てられたままのスコップ。春っぽい角度で射し込まれたスコップが、春のレーザー光線でも発しているかのような、なんだか楽しい一句です。
人を恋う翻車魚のあり春かなし
西村小市
「翻車魚」は、マンボウです。「人を恋う翻車魚」とは、水族館に飼われているのでしょうか。海底でたまたま出会った潜水士=「人」という生き物に憧れてしまった翻車魚がいるのでしょうか。
「春かなし」という季語が、大人の絵本のような味わいを醸し出し、中七「あり」の言い切りが下五の感情を際立てます。
腐葉土にゆたかな湿り百千鳥
東田 一鮎
「腐葉土」とは、土壌を改善してくれる補助用土。その土は、春という季節の「ゆたかな湿り」を有して、匂やかにそこにあるのです。頭上には、「百千鳥」のひかりが交錯する空。ここから、微生物も蚯蚓も啓蟄の虫たちも植物も鳥も人も、全ての命が豊かに育っていくのですね。
褒め言葉を頬張つてゐるチューリップ
河上摩子
「チューリップ」が膨らんでいるのは、きれいね! という「褒め言葉」をもぐもぐと頬張っているからだという発想は、可愛いといえば可愛いのです。が、もっともっと褒めてほしいと、あくなき要求を突きつけられるとすれば、少し恐ろしくもなってきます。複雑で不思議な味わいの一句です。
道徳に正解チューリップに秩序
嶋村らぴ
「道徳」の授業が苦手だという子たちは、思いの外多いのです。その子たちの話を要約すると、「当たり前の正解を求められているのは分かるけど、そんなカンタンな正解では納得がいかない。考えれば考えるほど、正解が遠ざかっていく」ということのようです。なるほどなあと共感してしまう部分もあります。
「道徳に正解」があって、「チューリップ」には赤白黄色と並んで咲くべき「秩序」がある。寓意に満ちた作品です。
流産の腹の空洞チューリップ
素因数分解
「チューリップ」=「親指姫」=「出産」という連想を繋げた句はかなりありましたが、更に「流産」へ。胎児が流れてしまった「腹」には「空洞」があるのだよ、という哀しみ。季語「チューリップ」の花の中も空洞ではありますが、その明るい色合いが、目にも心にも痛いのです。
うららかや輪に並べたる椅子に着く
七味
「輪に並べたる椅子」は、幼稚園の教室でしょうか。草に置かれた集いの椅子でしょうか。語り合うためのセラピーかもしれません。いずれにしても、最後に「着く」とありますから、自分自身がそこに座るのでしょう。季語「うららか」が、佳き日の予感に満ちた一句となりました。
子離れのはじめや春の関門橋
ユリノキ
「子離れのはじめ」とは、子供の入学や就職でしょうか。「~はじめや」という詠嘆に、心なしか力が入っているような気がします(笑)。
「春」は旅立ちと別れの季節ではありますが、「関門橋」という固有名詞が象徴的な効果も発揮しています。親と子を隔てる、関門海峡の波頭も少々荒々しいのかもしれませんね。
四姉妹の見舞いチューリップは無敵
となりの天然水
この「四姉妹」は、子供ではないのでしょう。久しぶりに集った四姉妹が、誰かの「見舞い」に集まる。父親が入院した、母親が怪我した。そんな「見舞い」に集まった「四姉妹」のなんと賑やかで姦しいことか。お見舞いに持っていた「チューリップ」の花束のように、明るくて「無敵」。病室に響きわたる笑い声まで聞こえてきそうです。
チューリップは空っぽ妊娠検査薬
くつの した子
親指姫は「チューリップ」から生まれたというけれど、チューリップの中は、いつ見ても「空っぽ」です。
期待を持って試してみる「妊娠検査薬」だけど、思うように子供を授かることは難しい。揃ってゆれるチューリップの明るさが、時には眩しすぎて嫌いになるのです。