第59回「色っぽい流木」《地》
評価について
本選句欄は、以下のような評価をとっています。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。
特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。
「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考える。それが最も重要な学びです。
安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません。己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。

地
第59回
銀漢や浜の湿りに熱の芯
杏乃みずな
頭上には「銀漢」が広がっています。その美しい天の川の下に広がるのは砂浜。跣足で歩いているのでしょうか、砂に座って砂に触れているのかもしれません。「浜の湿りに熱の芯」というこまやかな触覚の表現が秀逸。「銀漢や」という詠嘆に、再び戻っていくような感動のある作品です。

流木に座りふたつに割るパピコ
竹田むべ
「流木に座り」というシチュエーションから始まる句も多くありましたが、そこから後の描き方が非常にシンプルで的確です。
座っている人物が二人であると書かなくても、「ふたつに割る」で想像が及びますし、手に割っているモノに焦点を当てる語順もよいですね。
季語としては「氷菓」とすべきという意見もあるかとは思いますが、商品名「パピコ」の映像喚起力や語感の楽しさを思えば、良き判断だと共感いたします。

足跡の遅れて濡るる秋の浜
西野誓光
足跡が、人より遅れているのは当たり前だろう……と思いきや、遅れつつ波に濡れていくよ、という映像を描いているのです。そのささやかな視点そのものが、詩になっていますね。
下五「秋の浜」によって、秋の静かな波打ち際のひかりも見えてくるよう。地味ですが、滋味のある作品です。

酔うてをるのか船長室の竹婦人
木ぼこやしき
「酔うてをるのか」と「船長」に問いかけているのかと思いきや、なんと「船長室」に「竹婦人」が転がっているというのです。
「竹婦人」とは、竹製の抱き枕。婦人と呼ぶところに、俳人たちの洒落っ気がありますが、その上手をいくような発想に、快哉の拍手を贈りたい一句です。

まさぐれば砂の女に砂の汗
ま猿
安部公房の『砂の女』を下敷きにした一句。勅使河原宏監督の『砂の女』を観られたのかもしれません。いずれにしても、真っ向からそれらの作品に挑む、胆力をまずは褒めましょう。
「まさぐれば」という行為から、「砂の女」が出てくると、己の手や指先から虚構の世界へ入り込んでいくような感覚に陥ります。まさぐられている「砂の女」は、「砂の汗」をかいているのだと思うと、その生々しい怖ろしさに慄然とします。

流木の焚火しづかに廃炉のこと
謙久
流木を集めて焚火をしている、海辺のキャンプでしょうか。中七の「しづかに」は、焚火のさまでありつつ、「しづかに」語り始める人物の表情でありつつ、「廃炉」という話題への心持ちでもあるのでしょう。下五を「廃炉のこと」と言い止めた余韻が、一句を味わい深いものにしています。

離岸流母待つ浜日傘遙か
水色ぺんぎん
夢中になって泳いでいると、ふいに離岸流にのってしまったことに気付きます。少し冷たくて、早い流れの中に自分がいることに、ハッとするのです。岸の方を振り向いてみると、母が待っている浜日傘があんなに遠くなっている。慌てて向きを変え、浜日傘を目指して泳ぎ始めるのです。
作者の体験の通りに、言葉の流れが組まれていて、それが作品の内容をよりリアルに伝える仕掛けとなっています。

原爆忌海はしづかに孵化をする
天雅
兼題写真から、「原爆忌」という季語を連想した点に、ささやかな驚きを抱きました。確かに、この流木は、全てが破壊された終末の世界を思わせるようでもあります。
そんな時代が来たとしても、この地球の母なる海は、いま静かに孵化を始めている。未来への遙かな祈りのような作品です。

怪人のソフビ行き倒れて熱砂
葬送のまちばり
「ソフビ」とは、ソフトビニール(ソフト塩化ビニル)の略称。「怪人」らしきソフトビニール製フィギュアが捨てられているのです。具体的に「怪人」の正体を書かないのは、この句においての的確な配慮。「怪人のソフビ」に対して、「行き倒れて」という擬人化はユーモアでありつつ、映像にもなっています。
トドメの「熱砂」という季語をしっかりと主役に立てている点も、褒めたいですね。

鉄屑の指輪熱砂へ焚べてやる
弥栄弐庫
「鉄屑の」は、その指輪の素材なのか、指輪をくれた相手への罵倒なのか。まずは、そこから想像が動き出します。
更に、それを「熱砂」へ捨てる? のかと思いきや、「焚べてやる」ときますから、相手に対する怒りや憤りが煮えたぎっているのでしょう。激しい心情を書きつつ、ちゃんと季語「熱砂」が主役に立っています。
それぞれの言葉が重なり合いつつ展開していく手法も、面白い作品です。

