第60回「双子のようなペンギン」《天》
評価について
本選句欄は、以下のような評価をとっています。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。
特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。
「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考える。それが最も重要な学びです。
安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません。己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。
天
第60回
書き割りは永久の冬晴ペンギン来
佐藤儒艮
「書き割り」とは、芝居の大道具の一つで、背景となるもの。この場合の「書き割り」は、ペンギン舎の壁に描かれている青空だと読みました。
勿論、描かれている「冬晴」ですから、季語としての鮮度はいかがなものかというご意見は出てくるはずです。が、壁に描かれた空は一年中そこにありはしますが、今、ペンギン舎の上に「冬晴」の空が広がっているから、描かれた空の青を「冬晴」の青だと認識しているに違いありません。
本来ならば、凍り付くように青い空の下、厳しい自然の中で暮らしているはずのペンギンですが、人間に飼われてしまうと、再び自然界に戻って暮らすのは困難。動物園という場所で、餌を貰いつつ生きていくしかないペンギンたちにとって、描かれた青空は「永久の冬晴」であり続けるのです。
動物園のペンギンは子どもたちにとっては人気者だけど、お散歩の時間だのペンギンショーだのと、観客の前でひょこひょこ歩く姿を、手放しで「可愛い」とは喜び難い。そんな大人の視点から「永久の冬晴」という詩語が生まれたのでしょう。下五「ペンギン来」によって、一句に初めて動きが生まれ、そこに発出する苦い切なさのようなものを、読者は共有するのです。


