第50回 俳句deしりとり〈序〉|「うび」③

始めに
出題の句からしりとりの要領で俳句をつくる尻二字しりとり、はじまりはじまり。


第50回の出題
兼題俳句
蝙蝠のなる木明日は月曜日 塩田奈七子
兼題俳句の最後の二音「うび」の音で始まり、「ん」の音で終わる俳句を作りましょう。
※「うび」という音から始まり、「ん」の音で終われば、平仮名・片仮名・漢字など、表記は問いません。
ウビオールの剖検室に満つ遅春
星埜黴円


有病なる友や猪いざ撃たん
白沢ポピー
う病の朝小窓の隅の藍微塵
ちょうさん


禹廟ついえ熱風だけの草原
ひな野そばの芽
これも知らない単語だなあ。「廟」っていうくらいだからお墓? 調べてみると「禹」とは中国の古代王朝である夏王朝の初代皇帝だそうです。現在は山西省運城市夏県にある禹王村に禹王城遺趾があり、台地の上に禹王廟が建っている模様。写真を確認してみると「熱風だけの草原」が非常にしっくりくる表現でありますなあ。日本の熱風とは違う、乾燥した風の質量が空間を押し流れていくかのようです。


于糜という武将を知りて薫る蘭
殻ひな
于糜の功あまり知られずシクラメン
山本てまり


ウビフ語の消滅さざめける銀漢
玉響雷子
ウビフ語の消滅霧のウビフ人
青屋黄緑
ウビフ語滅す惜春の八十の子音
感受星 護
ウビフ語は消えて無くなりちんちろりん
コミマル
ウビフ語はもう死滅せむゴム風船
ルージュ
ウビフ語は死語となりけり寒オリオン
柴 野鍛冶
ウビフ語は死語に戦争止まぬ余寒
たかみたかみ
ウビフ語の最後の王子藍微塵
和脩志
ウビフ語を語る学生花の門
大森 きなこ
ウビフ語の子音ゼミ飲みはおでん
糸圭しけ
ウビフ語の終わりしりとり大団円
真夏の雪だるま
ウビフ語の招待状や初観音
紅紫あやめ
ウビフ語てふ文字なき言語シクラメン
すそのあや
ウビフ語の母音は芽吹きめくニ音
彩汀
ウビフ語の母音は三つシクラメン
伊藤 恵美
ウビフ語の亡き世たまごの無きおでん
広島じょーかーず
ウビフ語の歌のうららかなる母音
雨野理多
ウビフ人熱砂に吹かれ半ズボン
清水ぽっぽ
句を一通り読むといろんな興味が湧いてくるので、気になった人はそれぞれの句の背景調べてみるのも知識欲が満たされるのでおすすめ。こういう時はAIで総合的な情報を拾ってから個別に深堀していくの役に立つなあと文明の恩恵を堪能しております。本来文字を持たない言語だったのを言語が消滅してしまう前に研究者が既存の文字を組み合わせて表に保存したとか、ウビフ人が辿ったディアスポラの歴史とか。


Ubi es? 二人の間にあった予感
天音閑
Ubi keledekマレー象にも幸あらん
黒猫
Ubi sunt? Ubi vernum brassicam intus sum.
髙田祥聖
でも今は本当に便利な時代になりましたね。昔は異国語に出会ってもまず英字辞書引いてみて、違う言語だったらほぼお手上げだったりしたわけだけど、今はインターネットって便利なものがあるんですから
《天音閑》さんの「Ubi es?(ウビ エス)」はラテン語で「あなたはどこにいるのか」の意。ドラマチックな展開を予感させるけど、季語はなくなっちまったなあ。
《黒猫》さんの「Ubi keledek」はマレー語であり「ウビ クレベル」と発音が出てきました。へぇー。日本人的には「ケレデク」かなと予想していたんだけど意外な発音で面白いな。実際の発音を聞いてみると「クレデッ」にも聞こえるし。意味は「さつまいも」。ここに季語を入れてきたわけですね、やるなあ。
さて、同じ「Ubi」でもラテン語とマレー語に分かれたわけですが、《髙田祥聖》さんはどっちかな? 調べてみると「Ubi sunt?(ウビ スント)」はラテン語で「彼らはどこに行ったのか」となり、亡くなった人に思いを馳せる慣用句として使われていたそうです。ほかにも過ぎ去った栄光とか若さや美や富の無常を意味したりとか。ほうほう、なんだか松尾芭蕉の夏草や~の無常観に通じるような話ですなあ。続く「Ubi vernum brassicam intus sum.」は直訳すると「私は春キャベツの中にいる」みたいな意味になるようで、全体を日本語の五七五調に整えるなら「汝はどこに我は春甘藍の中に」といった感じでしょうか。おお~それっぽくなってる!! しかもちゃんと《髙田祥聖》さんらしい繊細な詩の世界が展開されてて脱帽の一語であります。英語俳句では音節(シラブル)の数で五七五を数えるのですが、ラテン語だとどうなるんだろう。実はシラブルも完璧だったりするのかな? 教えて、ラテン語有識者―!


Ubi Caritas 花もひかりも恋をせん
秋野しら露
Ubi caritas(ウビ・カリタス)まばゆき白百合の花粉
泉楽人
ウビ・カリタス聖木曜日の受難
天雅
ウビ•カリタス春の光に丸き円
社いずみ
ウビカリタス少しななめのシクラメン
雪結由花
ウビカリタス鶯餅とお茶にせん
暮待あつんこ
「Ubi Caritas」とは聖歌の一節に登場するラテン語で、一節全体では「Ubi caritas et amor, Deus ibi est」となり「慈しみと愛のあるところ、神はそこにおられる」の意味だそうです。このフレーズが歌い出しとなっているため、聖歌に親しみのある方には耳慣れてるってわけなんですねえ。「白百合」「聖木曜日」など、キリスト教を連想させる言葉が多く出てくるのも納得ですわ。そんな中、《暮待あつんこ》さんが思いっきり和風なお茶に舵切ってるミスマッチ感が妙に愉快~(笑)


ウビアーレ・クラネッツオのカーネーション
京あられ


ウビン島サイクリングや秋彼岸
びんごおもて
ウビン島のバイクスコールもるんるん
戸村友美
ウビン島南風に吹かれまずはジン
閑陽
ウビン島トビハゼの眼の追ふ紫雲
石塚壜太呂
ウビン島の日焼けお揃い新婚さん
ゆすらご
ウビン島やニライカナイか積乱雲
葛翁
ウビン島立夏の朝を漕ぎ出でん
栗田すずさん
ウビン島五十は若手と笑う盆
欣喜雀躍
ウビン島行き船長のオーデコロン
若林くくな
ウビン島野生の猪は正社員
のなめ
ウビン島祖国はオリオンの先端
繁茂おじ
ウビン島潮のにほひの祖父の画板
咲葉
明確な季語こそないけど、《咲葉》さんの句の奥行もすごく好き。ウビン島に祖父の画板があるのか、あるいは祖父がかつてウビン島で使っていたと伝えられている画板にしみ込んだ潮の匂いを追憶と共に感じているのか。さらに調べるとウビン島は太平洋戦争時代に日本軍が上陸したという記録も出てきました。《繁茂おじ》さんや《咲葉》さんの句にはそういう戦争にまつわる思いもあるのかもしれないねえ。


ウビナスの吐く噴煙や石牡丹
西村小市
ウビナスの火山蠕き鳴る風鈴
清松藍


戴星やダービー夢の万馬券
真秋
戴星(うびたい)の馬奇跡の有馬記念
銀猫
うびたいの子馬裾野をかけゆかん
風早 杏
うびたいの馬の武将や君子蘭
みなごん
載星の仔もその中に春の天
湯屋ゆうや
載星の子馬や母の喰う胎盤
佐藤儒艮
載星は春泥を跳ねあつけらかん
中島 紺
戴星(うびたい)の馬春光を貫かん
ひでやん
戴星のトロット二拍子春一番
金魚
戴星の仔馬スピカと名を付けん
城ヶ崎文椛
戴星の仔馬は深き夜を立たん
けーい〇
戴星の仔馬へ貫き通る芯
馬場めばる
戴星の仔馬肥えゆくアルデバラン
ノセミコ
戴星の仔馬尾を振る大草原
キャロット えり
戴星の子馬地平まで秋雲
はしま
戴星の瞳やさしく花蜜柑
木村弩凡
戴星の猫の葬式春一番
九月だんご
戴星の馬と昼寝や馬頭琴
早霧ふう
戴星の馬のいななき夏蜜柑
田原うた
戴星の馬の運命や養花天
わおち
戴星の馬の鬣春一番
杉本年虹
戴星の馬よ春の野を駆け抜けん
ピアニシモ
戴星の馬駆く月の地平線
茂木りん
戴星の馬春の野を駆け行かん
飯沼深生
戴星の馬青嵐を翔けゆかん
空から豆本
戴星の馬橇へ白息の声援
西川由野
戴星の白うららかやフレーメン
津々うらら
戴星の淵をなぞる手入り彼岸
梅田三五
戴星の流鏑馬巻き上ぐる砂塵
伊沢華純
《④に続く》



