第67回「城下町の白壁」《地》
評価について
本選句欄は、以下のような評価をとっています。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。
特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。
「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考える。それが最も重要な学びです。
安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません。己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。

地
第67回
菖蒲湯のあかんぼ泣いてゐて香る
小野睦
「菖蒲湯」とは、端午の節句に、菖蒲の葉を浮かべて沸かす風呂のこと。邪気を払う疫病封じの風習でもありました。
菖蒲湯に入れた「あかんぼ」が声を張り上げて泣いています。顔を赤くして泣くさまや、息を吸い込む胸の張りまでもが見えてくるかのようです。一句の眼目は、「泣いてゐて香る」という小さな気づき。泣くという行為によって、更に菖蒲が香り立つかのようだという感知の瑞々しさ。健やかな端午の節句の微笑ましい光景です。

桜まじ雑穀町から魚町へ
もりたきみ
「桜まじ」とは、桜の時期のあたたかな南風。これが吹く頃は晴れの日が続くため、かつては行楽の目安とされていたそうです。
「雑穀町(ざこくまち)」「魚町(うおまち)」それぞれ、扱っていたモノの名前がそのまま町名になったのでしょう。「桜まじ」が吹き出せば、桜も咲くぞ、花見もできるぞと、人々は浮き立ちます。
あれこれ説明をせず、「~から~へ」とすることで、風が吹き渡っていく様子や町の人々の表情も想像させる作品です。

寺五つ繋ぐ水路や柳の芽
泗水ハオ
「水路」に焦点を当てることで寺町の光景を俯瞰的に描きました。「寺」は一つでも敷地が広いですから、「寺五つ繋ぐ」と書くことによって、そのスケールが読み手にも的確に伝わります。
ドローンの映像のような上五中七から、下五の季語「柳の芽」への展開が鮮やか。寺五つを繋ぐ水路端の柳すべてが、芽吹き出す春です。

縞うすき山女魚を一尾忌明けの瀬
石田将仁
忌明けまでは殺生を慎んでいたのでしょうか。忌明けの瀬に釣り上げた一尾の山女魚。故人の好物だったのかもしれませんし、共に瀬釣りを楽しんだ仲であったのかもしれません。
上五「縞うすき」という描写に、一抹の淋しさが漂う追悼の一句です。

半泣きへ緋鯉五十余寄り来たる
白猫のあくび
「半泣き」しているのは赤ちゃんでしょうか、幼子でしょうか。鯉たちが餌を求めて集まってくる時の妙な迫力は、大人でもタジタジになるほど。「五十余」という数詞に説得力があります。「緋鯉」は、観賞用として夏の情趣に相応しいということで夏の季語になっていますが、こんな光景も夏の一点景ですね。

湧き水が鯉をやしなふ暑さかな
紫すみれ
「湧き水」に育っている「鯉」を眺めているのですが、本当に伝えたいのはこの「暑さ」なのですね。冷たい湧き水の中で心地よさそうに泳ぐ鯉たちを、羨ましく思うほどの暑さ。「湧き水が~やしなふ」という擬人化を悪目立ちさせず、一句の光景に溶け込ませている点に工夫があります。

緋鯉来て明るくなるや藻のあたり
にわのこでまり
ふっと近づいてきた「緋鯉」の存在が、辺りの水を明るくさせたように感じられる。その感知に詩があります。
切字「や」は、すぐ上の言葉を詠嘆します。この句の場合でしたら、「~なる」つまり明るく変化したことを詠嘆しているのです。
更に、下五「藻のあたり」と押さえることによって、より映像的に描かれている点も巧い判断です。

刷る雨に馬楝の熱き菖蒲かな
沼野大統領
この「菖蒲」は版画に描かれたものですから、季語としての鮮度は如何なものかというご意見は当然出てくるはずです。
とはいえ、これだけの音数で、版画に彫られた絵柄がありありと再現されていて、しかも「馬楝(ばれん)」で擦る時の手触りや摩擦熱までもが伝わってくるのですから、お見事としか言いようがありません。
実際に観てとった雨の菖蒲の美しさ、感銘を、版画として表現する。その目と心が感知した映像そして作品制作の経過までもが、読み手の脳裏にありありと再生されていくかのような作品です。

飛花5tあらば白鷺城は飛ぶ
家守らびすけ
桜と城の光景は、沢山の俳人によって、さまざまに詠まれてきましたが、それにしても「飛花5tあらば」という仮定のなんと痛快なことでしょう。
「白鷺城」は姫路城の別名。あの漆喰の白さは、まさに白鷺のような美しさです。「白鷺城」という固有名詞と実体があってこその「飛花5t」という比喩。読者である私たちの脳内では、見事に羽ばたく白鷺城が見えてくるかのようです。

目印はあやめ外堀四周目
ボイス&フィンガー
何かの花を「目印」にするという句はそれなりに目にするのですが、後半の展開に実感があります。例えば、趣味のランニング。あるいは部活動のランニングを思ってもよいでしょう。「外堀」を何周かする時に、この季節は堀の「あやめ」が目印になるのです。
勿論、他の季節の花でも目印にはなりますが、折しも「あやめ」の咲く薄暑の候。気持ちよく走れているのでしょう。「外堀」の一語によって一周の距離感もリアルに想像されます。「四周目」という数詞も、読み手の実感となって伝わってきます。

