俳句ラボの結果発表

第1回 俳句ラボ テーマ×季語で一句|「名刺」×「梅」①

俳句ラボ NEW

俳句ラボへようこそ

皆さんようこそ、俳句ラボへ。
各回に提示されるテーマと季語の発想をかけ算して俳句を生み出す研究所です。
組み合わせからどんな化学反応が起こるかは、あなた次第。
さぁ、実験を始めましょう。

第1回のお題

 
テーマ
名刺
×
季語
 

はじめに

2022年4月から全50回でお送りした「俳句deしりとり」を終え、新企画・俳句ラボが始まります。

きっかけになったのは、僕が月に一度生放送に出演しているNHK四国地方向け情報番組「ギュッと!四国」内の俳句コーナー「家藤正人の俳句道場」に寄せられた一句でした。2026年1月17日の放送の兼題は「河豚」。その月のいわゆる最優秀賞、「ギュッと!特選」として紹介したのが――
 

木星はガスの塊り河豚に毒

草夕感じ

「木星」と「河豚」。かなり距離のある取り合わせです。どこが良かったかの解説はここでは省きますが、ふと思ったのです。これ、思いつかない人には一生思いつかない組み合わせなんじゃないか、と。

ラジオやYouTube、投句サイトなどに時々こんな質問が届きます。
「私は発想が飛ばせません。発想を飛ばすってどうやればいいんですか?」

この問いに対して、母・夏井いつきと共にYouTube『夏井いつき俳句チャンネル』にて、凡人脱出の手引きなども動画で公開していますが、今回の俳句ラボは違った角度からこの問いに向き合ってみる企画です。

俳句deしりとりでは、普段絶対考えないような二音から俳句を考えることによって、普段の句作とは違う俳句の筋肉を刺激していきました。俳句ラボでは、普段は取り合わせようと思いもしないような二つの「テーマ」をあらかじめ設定し、強制的に取り合わせやイメージの広げ方を司る俳句の筋肉を刺激していきます。イメージ的には『HUNTER×HUNTER』の念の精孔開く場面とか、ドラゴンボールZの『神と神』で悟空がゴッドの領域を体験して身体が慣れるのとか……そういうタイプの鍛錬です。漫画も映画も観ない人にはまったくピンとこない喩えしか出てきませんが……(笑)。

ともあれ、慣れてる人には挑みやすいかもしれないし、そうじゃない人には苦戦する部分もある企画かもしれません。が、挑んでみると自分の中のまだ見ぬ領域に宝が埋まっているのを発見する日がくるかもしれません。自分自身の挑戦に加えて、同じテーマに挑んだ他の参加者の句を吟味してみると、さらなる学びがあることでしょう。

家藤正人
前置きはそんなところにして……。 さぁ、実験を始めましょう。

光る 名刺に我が名 胸弾む

干猿

刷り立ての白き名刺一枝

斎藤 マカロン

まずはわかりやすい例からいきましょうか。ストレートに「名刺」そのものと「梅」を詠み込んだ二句。初春の頃にほかの花にさきがけて咲く梅はフレッシュにして華やかなイメージ。その「梅」に対して「名刺」を取り合わせることによって、期待を胸に社会でがんばろうとする若者の姿を連想させます。

《干猿》さんは五七五の間が空いてしまってるのがもったいない。五七五の間は空けずに書くのが正しい書き方なので、次回はぜひ五七五の間を詰めてのご投句お待ちしております!

良き

や飛び込みノルマあと五件

駒茄子

はい、ここがミソです。

最初に紹介した二句には「名刺」が詠み込まれていましたが、《駒茄子》さんの句には「名刺」は入っていません。

俳句ラボにおいては、このやり方は有りです。

テーマはあくまでテーマ、出題されたテーマからどんな発想を広げるかはそれぞれの胸に委ねられます。僕はその発想の数々を実験結果の詰まったフラスコを眺めるように紹介する係、ってわけです。

《駒茄子》さんの場合は「名刺」を発想の出発点として、まずは社会人を連想。さらに社会人が名刺を使う場面といえば、社会人の苦労といえば……といった具合に発想を広げていったものと推測します。「名刺」という単語が含まれていなくても、「飛び込みノルマあと五件」をこなそうとする人物は名刺を身に着けているに違いないよね、と読者を納得させるのに十分な説得力を持ったフレーズです。

ポイント

肩書は「係長補佐」ふふむ

草深みずほ

ふふむ年度替はれば係長

⑦パパ

暦肩書課長補佐代理

あみま

肩書きは二十一文字ふふむ

山羊座の千賀子

や肩書きだけは偉くなり

白石ルイ

〇〇と言わずして〇〇を連想させる。この技術は俳句ラボだけでなく、普段の句作のあらゆる場面で役に立つテクニックです。十七音という制約のなかで、使わなくても想像で補える部分には音数を割かなくても良い場面は多々あります。

これら一群は名刺に書かれているであろう情報である「肩書」によって、名刺を連想させています。偶然なんだけど、出てきた句の内容が出世物語ぽくなってるのが愉快。補佐がついたり、係長から課長系列へとランクアップしていくとまた補佐代理ってついたりするのか……千里の道も一歩からでありますなあ……。

良き

病む前に有りし肩書白し

ボイス&フィンガー

やもう役職のない名刺

鹿達熊夜

お次は発想が似通っているけど「名刺」の有無に差がある二句。

《ボイス&フィンガー》さんは「肩書」、《鹿達熊夜》さんは「役職」と、それぞれ使っている言葉に違いはありますが、どちらの句も地位の喪失と白梅を取り合わせています。梅の白さを哀切と受け取るか、清々とした解放と受け取るかは読者の胸に委ねられる部分がありますね。個人的には《ボイス&フィンガー》さんは前者、《鹿達熊夜》さんは後者の色合いが強いかなあと読んでますが。「病む前に」という状況の推移に加え、過去の助動詞を使った「有りし」が、心に影を落としているように思えます。

《鹿達熊夜》さんは「や」の詠嘆と「もう」の二音が潔い。仕事に一区切りをつけて趣味のための新たな名刺を刷ってたりするのかもしれませんねえ。最後の三音、「名刺」が具体的な映像として読者の脳内にパシッと提示されるのも手堅い効果です。

ひとつ前の紹介で「使わなくても想像で補える部分には音数を割かなくても良い」と書きましたが、これもあくまでケースバイケース。「名刺」を使わなくて良い場面もあれば、逆に「名刺」をはっきり描くことで得をする場面もあるのです。

良き

が香よ私にはまだ名刺がない

駒月彩霞

人によっては生涯名刺を持つ機会を得ないことだってありますからねえ。仮にそうだとしても「お手上げ~!」と諦めるより、その現実を句にしてしまった方がお得ってもんです。口語の「私にはまだ名刺がない」が軽すぎず重すぎず、読みの余白を与えてくれる良いバランス。幼稚園児や小学生が大人のやりとりに憧れていると読んでもいいし、大人のつぶやきと読んでもいい。「梅が香よ」のしっとりした詠嘆からすると、後者の読みも十分あり得そうですねえ。

アプローチの方法として特徴的なのは、一句の世界の中には名刺が存在していない、という点です。名刺という概念は存在しているけど、物体としては登場してこない、と言った方がわかりやすいでしょうか。以前に紹介した句はストレートに「名刺」を使ったり、「飛び込みノルマ」や「肩書」などの周辺情報を使って名刺を表現したり、一句の世界のなかに名刺の実在を感じさせてきましたが、《駒月彩霞》さんのように「存在しない」を描くのもひとつのアイデア。

ポイント

かのひとは名刺代わりとを詠み

海羽美食

一輪名刺代わりに詠む一句

夏村波瑠

もう一例みてみましょう。「名刺代わり」ですから、ここでも物体としての名刺は登場していません。概念としての名刺、です。さらっとご挨拶の一句をしたためられるなんて粋ですねえ。あとはこのご挨拶句が上手い一句であることを切に祈ります。こういうシチュエーションで出てきた句がイマイチだと……その…場の空気が……いたたまれなくて……!(切実)

良き

「やあどうも!」「どちらさまです?」香る

星埜黴円

方向性は違うけど、これもまた居心地が悪いなあ……。「名刺」といえば挨拶、挨拶といえば、こんな気まずい状況も……ってな連想でしょうか。あるいは実体験? 「!」までついてる勢いの良さがかえってダメージ大きくしてくるの味わい深い。

ポイント

ふふむ挨拶順をゆづり合ひ

空から豆本

わかる~。挨拶の順番って渋滞したりまごついたりして譲り合いになることあるよね。あと、名刺取り出して脇に控えてたら自分は挨拶対象じゃなくてスルーされることとかもある。泣いてねえよ。

ポイント

坪庭のや異業種交流会

日永田陽光

名刺出す辺りはの気に満ちて

いまい沙緻子

の香へほころぶ名刺入れの口

古み雪

名刺→挨拶と踏む発想のステップは同じですが、こちらは季語である「梅」に軸足がやや寄ります。「坪庭」という限定された空間、「梅の気に満ちて」の密度。挨拶を交わす場所、そこに存在する季語を描こうとする意識が強いわけですね。不思議な場所で会合してるよなあ、主催のなかに梅園の人がいるんだろうか。それとも高雅な趣味をお持ちの方か。場に「梅」という季語の力が濃くあるからこそ《古み雪》さんの「ほころぶ」も活きてきます。
《②に続く》

良き