第1回 俳句ラボ テーマ×季語で一句|「名刺」×「梅」④
俳句ラボへようこそ
皆さんようこそ、俳句ラボへ。
各回に提示されるテーマと季語の発想をかけ算して俳句を生み出す研究所です。
組み合わせからどんな化学反応が起こるかは、あなた次第。
さぁ、実験を始めましょう。
第1回のお題
上位発表の前に
さて、第1回ということでお送りしてきました俳句ラボですが、やはり各回にはなにか冠というか、称号があった方がモチベーションになるんじゃないかと思うのです。
そこで、俳句ラボでは三つの観点から見て、それぞれの分野ごとに上位句の称号を贈りたいと思います。
題して、俳句ラボの三つのフラスコ。
最もテーマに優れた句に贈られるのが「輝けるテーマのフラスコ」。
最も季語を際立たせた句に贈られるのが「輝ける季語のフラスコ」。
そして最もわけのわかんない未知の展開を果たした句に贈られるのが「珍奇なる謎のフラスコ」。
毎回、それぞれのフラスコを一句以上選んでいこうと思います。
今回それぞれのフラスコに選んだのはこちら!
輝ける「名刺」のフラスコ
背表紙に棚主の名や梅の花
白梅や擦れば香る名刺らし
「名刺」そのものに嗅覚情報を付与していく発想はかなり貴重。香り高い白梅から匂いが移った、という読みもできるかもしれませんが、個人的には特殊印刷した名刺だと読みたいなあ。香り付き印刷って技術あるんですよね、たしか。昔オタク活動してた時にかかわったことあるから知ってるヨ。「らし」と伝聞の形で終わっているのも効果的ですねえ。「この名刺擦ったら匂いするんだよ」なんて言われて、半信半疑で試してみるのでしょう。名刺を擦る指先、疑念混じりに鼻を近づける動きと、香りを感じ取った瞬間の驚き。ここまで名刺と顔を密着した描き方ができているのはオンリーワンでありました。

輝ける「梅」のフラスコ
名刺入れに名刺やまとのくにに梅
梅のフラスコにするか、謎のフラスコにするか迷ったんだけど……いや、こりゃ季語の力強さこそ眼目でしょ! とこちらに分類。九音+九音で構成される句跨りの型。この型のコツのひとつが、それぞれのパーツの質量をうまく釣り合わせること。天秤の秤が釣り合った状態を想像するとわかりやすいですね。
では、この二つはどんな関係性で釣り合っているのでしょうか。僕なりの解釈としては、あるべきものがあるべき場所に存在する、こと。名刺入れには名刺が存在しているべき。やまとのくにには梅が咲いているべき。単純に思えるほどの断定だからこそ、日本全体を意味する「やまと」への畏敬の念、四季豊かな国への誠実な愛着が「梅」という季語の形をとって際立ちます。「梅」がいいよねえ。仮に「花(桜)」だとちょっと恣意的すぎて、この格調高さは失われちゃう気がするんだよなあ。やっぱり梅だよ、うん。

梅の木のうろが私の名刺です
「この度はこんな私」と梅ひらき
梅の気持ちになりきって、梅に乗り移ったかのような二句をセットでフラスコへ。《牛乳符鈴》さんの梅はなかなかの古木でありましょうか。年月を経てうろが穿たれた梅の木です。肌が黒ずんでねじれた古木だけど、伸びた枝からは今年もたおやかな花が咲くのです。これこそが私ですよ、私の花ですよ、と主張するように。
一方で《大月ちとせ》さんはあっけらかんと咲く梅が若々しい印象。梅自身の言葉のようにカギ括弧で括っていることも一因です。古木が自分に刻まれた来し方を誇りにするのに対し、咲き誇る今の「こんな私」を誇示する形も対照的で面白い。

肩書の消えて野梅に広き空
派手さはないけどこういう誠実に季語を描写するタイプの句も良いものです。「肩書」の句は序盤にも紹介しましたが、最後に再び登場してくるのが伏線回収のようですなあ。肩書は時に身を助けますが、時に窮屈で投げ捨てたくもなります。その肩書から自由になった解放感に対して「野梅」という傍題を選んだのがお見事。「野」の一字の効果が絶大です。立体的な空間の広さ、野趣溢れる梅の佇まい、梅と空との遠近感。作者は梅を自らの眼球で捉えながら、季語の現場の空気を胸に大きく吸い込んでいるに違いない。

珍奇なる謎のフラスコ
梅の香に応えよ骸なる企画
謎のフラスコ部門はちょっと特殊。場合によっては、ホントになんのこっちゃかわからん句も紹介するかもしれません。選んでる僕にもわからん! わからんけど惹かれるんだ! てタイプのやつね。
その点、この句はまだ想像はしやすい方なんですよ。名刺→社会人→企画、みたいな連想かなあ。「骸なる企画」って、いわゆるぽしゃったプロジェクト、ってこと? 大きな企業だとそういう事案もあるのかなあ……。ぽしゃったとか没とかじゃなくて「骸なる」ってのが迫力あっていいよね。内臓まで朽ちてそうで。そいつに対して「応えよ」って呼びかけが切々とアツイ。……けど、やっぱり希望が薄そうなんだよなあ……まあ、そういう後ろ向きな世界観に惹かれてるのかもしれないけど……。

名を盗られ梅採る人となりにけり
名前の載ってる名刺から発想し始めて、なんでこんなところにたどり着いたんだろう。そもそも「名を盗られる」……って……? 他人の戸籍情報などを乗っ取って本人に成りすます背乗りなんて手口もあったりしますが、そんな本格的な犯罪(?)に巻き込まれてるなら呑気に「梅採る人となりにけり」なんて悠々と語ってる場合か!? 警察だよゥッッ!!
そしてもうひとつツッコミいれると「梅採る」は梅の実であって、梅の花とは別の季語と考えるべきなんじゃないの、というのもあり。

梅一輪つぎにアダムとイヴと云ふ
これも「名刺」からどう連想したらここにたどり着いたんだ……? 旧約聖書に登場する、最初に作られた人である「アダム」と「イヴ」。気になるのは「云ふ」なんですよねえ。互いが互いの名を呼ぶんだろうか。でもそれだと「と」が変な気がする。じゃあ、神が次に作るものとして「アダムとイヴ」と云った……て可能性の方がありそうかなあ。この世に初めて人間が誕生するその数瞬前の出来事を描いてるとしたら、発想の飛ばし方としてはかなり驚き。「梅一輪」の清らかさも句の内容にマッチしております。西洋的世界観のなかで梅が存在し得るのかはわかんないけど。
かなり好きな句ではあるんだけど、「名刺」からの連想のルートがわかりきれず謎のフラスコへの選出と相成りました。

ということで、第1回俳句ラボはここまで。
初回ということもあり、新テーマについて今後の創作のヒントになればと、前回の「俳句deしりとり」の発表形式をかりて進めました。次回からは、ぐっとコンパクトな形でのご紹介になりますが、よろしくお願いします!
さあ、次回はどんな輝きに出会えるでしょうか。来月もまたお会いいたしましょう。


そんなところにも名刺があったかぁ~! と膝を打ちましたわ。「棚主」とは近年みられる新しいスタイルの書店、シェア型書店に関する言葉。書店内の本棚が区画ごとにレンタルされており、それを借りると棚主、つまりその区画の店主になるそうです。自分が棚主になった区画には好きな本を並べられ、それが売れたら棚主の収入になるそうな。おもしろそ~。本好きにとって、気になった本との出会いは心躍る瞬間であります。ひょっとしたら棚主自身の著作を置いてるのかもしれないなあ。棚の枠には名刺が貼ってあって、さらに棚の中には自身の名刺代わりになる著作がある。気を付けながら棚から抜く感触まで指先に蘇ってくるようです。店の外には早春の頃の新たな出会いを祝福するように梅が香っております。