写真de俳句の結果発表

第70回「ベランダの桔梗」《ハシ坊と学ぼう!⑨》

ハシ坊 NEW

第70回のお題「ベランダの桔梗」

評価について

本選句欄は、以下のような評価をとっています。

「天」「地」「人」…将来、句集に載せる一句としてキープ。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。

特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。

「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考えるそれが最も重要な学びです。

安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。

月明かりジョバンニのひとりごと

神木美砂

夏井いつき先生より
内容は良いですから、調べ=音数の調整をしてみましょう。
“ポイント”

露草の一輪の花淋しけり

清波

夏井いつき先生より
「淋し」に「けり」が付くときは、「淋しかりけり」となります。音数を調整する必要が出てきますね。ちなみに、「露草の一輪」といえば「~の花」は、不要な措辞ですね。
“ポイント”

ベランダの桔梗別れの譜となりて

ひょんすけ

夏井いつき先生より
「『なりて』と『なりぬ』で迷いました。夫に聞いてみたら『なりぬ』で、娘に聞いたら『なりて』派でした。悩みながら『て』にしました」と作者のコメント。

下五をどう終えるかは、一句のニュアンスにおいて重要な判断です。「~となりぬ」と言い止めると、別れの譜となるという状況が確定している感じです。「~となりて」と言い切らない場合は、余白に戸惑い・迷いが感じ取れるニュアンスになります。これは、作者ご自身がどちらのニュアンスを書きたかったのか、という表現意図の問題になります。
“参った”

雨続き折紙に厭き桔梗咲き

矢口知

夏井いつき先生より
語順一考してみましょう。例えば、「折紙に厭き」から始めてみると、どうなるか。やってみましょう。
“ポイント”

廬山寺の源氏の庭に植う桔梗

縦縞の烏瓜

夏井いつき先生より
「紫式部ゆかりの廬山寺に、桔梗が植えられています。白砂と苔に桔梗の紫色が清楚です」と作者のコメント。

「庭」に咲いている状態でしたら、「植う」と書かなくてもよいでしょう。実際に、植えるという行為をしている場合には、「植う」と書く必要がありますが。
“参った”

ベランダの子のスケボーの朽ちてなお

ばちゃ

夏井いつき先生より
「以前、おウチde俳句大賞に投句した句〈ベランダのスケボー朽ちて尚有りぬ〉の推敲句です。 『ベランダ』は季語としてはどうかいう話も聞きますが、角川の歳時記には『露台』の子季語に載っていました。『露台』なら明確で良いのでしょうが、『スケボー』と合わせるなら、やはり『ベランダ』かと。事情があり、関係が悪くなった息子が置いていったスケボーです」と作者のコメント。

「子季語」という言葉を使っているネット歳時記もあるようですが、基本的には「傍題」といいます。その言葉の使い方が気になるようでしたら、NHKが採用している「関連季語」という言葉のほうが正しいかと。少なくとも、主たる季語と傍題の関係は、親と子の関係ではないと、私は考えています。
そして、この句。もっと単純に考えてもよいかと思いましたが、例えば〈ベランダに子のスケボーの朽ちてゐる〉ぐらいな感じですね。が、作者コメントの最後の部分「事情があり、関係が悪くなった息子が置いていったスケボー」が、作者の書きたい眼目になるのかと、納得。とはいえ、その人間関係まで匂わせるのは、なかなかの難題です。ひとまず、この句はしばし寝かせておきましょう。いつか、思い通りの表現をつかめる日が来ます。
“難しい”

命日や供えて偲ぶ白桔梗

詠華

夏井いつき先生より
「助詞『や』と『に』迷いました」と作者のコメント。

「命日や」としたのはよいです。「命日に」は散文的な使い方になります。ただ、上五に「命日や」とあり、下五に「白桔梗」とあれば、「供えて偲ぶ」は不要です。
“ポイント”

仏壇へ桔梗手にして夕の祖母

千代 之人

夏井いつき先生より
「私が生まれた頃、祖父は亡くなっており、残された(?)祖母は、庭の四季折々の花を仏壇に飾っていました。兼題写真から、今思い返せば桔梗もその中の一つだったと思い出しました。彼女が、誠実とか変わらない愛といった、桔梗の花言葉を意識していたかは知りませんが、記憶の中にある実景です」と作者のコメント。

語順を微調整すれば、人選です。

添削例
桔梗手にして仏壇へ夕の祖母
“ポイント”

上着脱ぎ愚痴の数多を受く桔梗

鶴子

夏井いつき先生より
「上着脱ぎ」から書くのではなく、「愚痴」と「桔梗」の取り合わせだけで、一句になる材料は充分にあります。主役たるべき季語「桔梗」を描写する一語を入れてみましょう。
“ポイント”

荒れ庭の甕に映りて桔梗咲く

うらん

夏井いつき先生より
「本当は家の庭でなく、お隣の畑の隅にある、めだかが飼われている甕に、桔梗が映っていました。初めは『めだか』と『桔梗』を入れてしまい、季重なりに気付いて直しましたが、自分の気持ちに沿っていないように思えます。私は桔梗よりめだかに重きをおきたかったのに、桔梗を言い換える語彙力が無くて悔しいです」と作者のコメント。

なるほど、二句に分けると良いケースですね。「桔梗」を季語として描く場合、「~に映りて」は不要。例えば、「甕の水」と「桔梗」を取り合わせれば、甕に挿しているのかもしれないし、甕の水面に映っているのかもしれないと、想像してもらえます。
“ポイント”

桔梗あり夢二の恋路絵になりて

さかたちえこ

夏井いつき先生より
「絵になりて」は、言わずもがなの説明です。ここの五音分をどう使うかが、人選への道です。
“ポイント”

つくばひに老犬掬ふ桔梗かな

石田将仁

夏井いつき先生より
「『掬ふ』の後に軽い切れがあります。〈金色の佛ぞおはす蕨かな 水原秋桜子〉の『かな』の使い方を意識しております」と作者のコメント。

老犬を「掬ふ」? 老犬が桔梗を「掬ふ」? 解釈のブレが気になります。
“参った”

電気式灯明点すエゾリンドウ

あねもね

夏井いつき先生より
「エゾリンドウ」を、漢字か平仮名(あるいは入り交じった表記)にすれば、人選です。
“参った”