第5回 俳句ラボ テーマ×季語で一句|無人駅 × 金木犀②
俳句ラボへようこそ
皆さんようこそ、俳句ラボへ。
各回に提示されるテーマと季語の発想をかけ算して俳句を生み出す研究所です。
組み合わせからどんな化学反応が起こるかは、あなた次第。
さぁ、実験を始めましょう。
第5回のお題
輝ける「無人駅」のフラスコ
木犀や待合ひの紙焼けしカミュ
枕木朽つ金木犀が跡を追ふ
廃線のうはさほろほろ金木犀
「無人駅」から発想を始め、周辺に存在する鉄道関係の単語へとたどり着いた例。《かときち》さんは線路に敷き並べられた「枕木」の朽ち具合を上五でしっかり言い留めることによって、《金魚》さんはストレートに「廃線」という言葉によって、それぞれの手法でさびれた無人駅らしさを手に入れています。それでいて、どちらも季語である「金木犀」をちゃんと際立たせているのがえらい。「朽つ」「追ふ」と動的な畳みかけによって直接的に映像化する前者と、聞こえてくる「うはさ」の不確定な不穏さと「ほろほろ」のオノマトペによって心理的にアプローチする後者。それぞれの性格の違いが見えてくるようで興味深いですね。

金木犀駅の厠は崖の下
金木犀には便所花なんて不名誉な(?)呼び名もあるようです。金木犀と厠=トイレとの取り合わせは時々目にするのですが、この句は「崖の下」というぎょっとする場所の指定によってオリジナリティを手に入れております。登山客くらいしか来ないような山岳駅とかかなあ。土むき出しの細い道をくだって崖の下の厠へ行かなきゃいけなかったりするんだろうか……うーん、利便性はともかくそういうタフな状況、ちょっとわくわくしちゃいますねえ。高低差に少し眩む目の先に、金木犀がたわわに花を揺らしているのでありましょう。

小便器にサワデー細る無人駅
うーん、本来は季語入ってないしシャーレ行きなんだろうけど、今回はシャーレコーナーがすでに別件で使われちゃってるからなあ……ということで、ここでご紹介。いや、金木犀の匂いの芳香剤とかあるけどさあ、それは季語じゃないよね!? 「細る」のリアルさに思わず笑ってしまいましたわ~(笑)。

木犀や日本に無人駅五千
基本的に今回は「いかに無人駅といわずして無人駅を感じさせるか」に主眼を置いており、そのものずばりに「無人駅」を使った句はあまり採用していなかったんですが、こちらは実際の光景ではなく、概念というか、数量という社会構造的な把握に向かっている切り口が面白い。実際の統計データってあるのかな? と調べてみたら、22年度の時点で4776駅が無人駅である、と紹介した新聞記事が出てきました。おお、美称の一種のように見える「五千」がちゃんと事実に即しているとは!
一見、情緒とは真逆の方向に舵を切っているようにも思えますが、よく味わうと「日本」の隅々に根を張る鉄道そのものの衰退、ひいては国の衰退を描いているようにも思え、「無人駅」が詩の言葉として機能していることに気づきます。木犀の小さな花弁が密集して描き出す幾何学模様は、鉄道網の暗喩のようにも思えてきますなあ。ところどころ朽ちて毀れていく「木犀」に静かな悲哀が匂います。

「無人駅」の試験管
金木犀の古駅名は分からない
瀬文
竿を売る声だけの駅金木犀
ミセスコロンボ
金木犀日に七便の時刻表
虎有子
姥捨と呼ばれる駅や金木犀
中島 紺
伝言の消し跡微か金木犀
暮待あつんこ
金木犀錆びた鎖の切符箱
狐狸乃
金木犀錆びた集札箱に風
山内三四郎
一輌の始発を待つや金木犀
坂本 乙女
あと5分木犀だけが待つ駅に
柊香
切符箱朽ちて金木犀溢るる
今乃武椪
金木犀の写メホームは圏外
近平御坊
ひび割れの切符の箱や金木犀
恩田 堤防
金木犀明日あの子の里帰り
宮本 夏生
金木犀車掌かの日の同窓生
ゆすらご
金木犀話したりない金町線
七瀬ゆきこ
金木犀キハの錆たる連結器
岸来夢
きんもくせい市工寄贈の切符入れ
木ぼこやしき
金木犀濃しすかすかの時刻表
碧西里
聖地巡礼ばかり来る駅金木犀
浜 けい
木犀の下に二行の時刻表
宇野翔月
旧姓のままでと金木犀の無人駅
紅緒
金木犀秘境廃線阻止のビラ
沙魚 とと
田んぼからひょいとホームへ金木犀
湯屋ゆうや
木犀や集札箱に入れそびれ
じゅあ
二十年ぶりか金木犀の駅
くぅ
十分歩き一人の世界金木犀
靫草子
無医村や金木犀の待つ終点
葦屋蛙城
金木犀玻璃なき駅を風とゐる
高山佳風
金木犀古地図に残る寺の駅
青屋黄緑
Suica未精算金木犀仰ぐ
舟端たま
木犀の香に列車待つ三時間
太之方もり子
金木犀二行消されし時刻表
共通因数
金木犀掘立小屋のやうな駅
白猫のあくび
廃駅や木犀だけが知る余生
広島じょーかーず
木犀香るカフェなんてない町に
舞矢愛
「切符はココに」金木犀の香る駅
南全星びぼ
木犀はあった駅舎はカラだった
朗子
撮り鉄の画角金木犀けぶる
真秋
木犀の香に導かれ移住の日
サイコロピエロ
金木犀の香りや置いてきぼりの駅
こはる
貼り紙に「土日運休」金木犀
江口朔太郎
転車台錆びて金木犀咲いて
大月 銀
手動ドア開けて少女と木犀来
海色のの
目の前の海へ沈む日金木犀
小鳥遊こはく
自転車畳む駅舎のしづか金木犀
源早苗
金木犀人気なき駅吾と星と
希凛咲女
いくつめの無人駅また金木犀
なつのおわり
サドルなき駅の自転車金木犀
すそのあや
金木犀や待っててくれる車掌さん
若林くくな
ポスターに髭のいたずら金木犀
内田ゆの
金木犀なゐに傾ぶく無人駅
三日余子
金木犀以外は無人駅平ら
柿司 十六
《③に続く》


フランスの作家・思想家として有名なアルベール・カミュ。かつては駅の備品、あるいは駅員の私物として片隅に置かれていたものでしょうか。カミュの著作が長い間待合室に置き忘れられているのでしょう。本の「紙焼け」によって、無人駅の静けさと長い時間の経過を感じさせる、抑制のきいた描き方が魅力です。個人的には、背の低い本棚にでも置いてあるのかなあと想像しました。背の低い本棚であれば、視線が下へ誘導されます。その視界には、床へと散り落ちた木犀の花弁も映るかもしれません。金木犀のきらめきがカミュの知性のきらめきにも似て美しい取り合わせ。