俳句ラボの結果発表

第5回 俳句ラボ テーマ×季語で一句|無人駅 × 金木犀③

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俳句ラボへようこそ

皆さんようこそ、俳句ラボへ。

各回に提示されるテーマと季語の発想をかけ算して俳句を生み出す研究所です。

組み合わせからどんな化学反応が起こるかは、あなた次第。

さぁ、実験を始めましょう。

第5回のお題

テーマ
無人駅
×
季語
金木犀

輝ける「金木犀」のフラスコ

金木犀君持つ本の名も知らず

今村大儀

やや甘い情緒に流れ気味ではあるんですけど、これはこれで。わりと恋愛系の句ってキライジャナイんですよ。詩歌の世界では「君」の一語を、想い人を意味する言葉として使うケースがあります。同じタイミングで無人駅から乗り降りするのでしょうか。見かけるだけで、君のことをなにも知らない。本の名前すら「も」知らない。うーん、言語化すればするほど恋愛映画か小説の様相を呈してまいりますなあ。

音数的には「木犀や」にして上五を奇麗に収める可能性もあったかもしれませんが、個人的には現行の「金木犀」の効果が大きいと考えています。重要なのは「金」の一文字。色を明確にすることで、読者が思い描く映像のブレをなくすだけでなく、無数の金の花弁の色合いが心理的なきらめきとも響きあっていきます。金木犀ならではの嗅覚へ訴えかける甘さと相まって、一句の世界を「金木犀」が甘やかに包み込んでくれました。

いいね

木犀の濃度へ下る跨線橋

西川由野

金木犀という季語において、香りは重要な要素。強い甘みのある香りは、人によっては匂いがきつすぎて気分が悪くなる場合もあるほどです。そんな木犀の匂いの表現として「濃度」は強い体験的リアリティを読者にもたらしてくれます。層のように滞留しているその中「へ下る」という叙述も、人物の立ち位置や動線を表すカメラワークとしてお見事でした。

唯一、悩んだのは「跨線橋」。線路の上をまたぐ橋がかかっているなんて、無人駅にしては整いすぎているというか、規模が大きすぎるようにも思えるのですが……まあ、ありえない話じゃないか、と最終的には納得いたしました。思い返せば、三重県の鈴鹿市に句会ライブしにいった時、乗り降りした伊勢鉄道の鈴鹿駅も大きいのに無人だったもんなあ。(正確には、一部時間帯のみ有人、らしい)

ポイント

木犀の配下と成りぬ無人駅

さく砂月

無人駅抱き金木犀は老ゆ

三尺 玉子

普通は大きさの面でもお役立ち度でも、駅が主たる存在になるはずが、駅と金木犀、主従の関係を逆転させることによって「金木犀」を際立たせています。《さく砂月》さんは「配下」によって、空間を満たす香りや、木も地面も彩る花弁の密度を想像させます。一方、《三尺 玉子》さんは「抱き」「老ゆ」と動詞の組み合わせによって、木の大きさや枝の広がり、その大きさに育つまでの時間の厚みを感じさせてくれました。研究室のシャーレでも書いたように、「無人駅」という単語を使わずに無人駅らしさを感じさせるのが本来重要なのですが、この二句に関しては「無人駅」を直接詠み込む意義がちゃんとあります。無人=人の不在がハッキリするからこそ、他になにもない「金木犀」が支配する時間と空間が際立ちます。

良き

「金木犀」の試験管

木犀の金に降りたる無人駅

令子

単線の上り下りを金木犀

はしま

乗降客五人木犀知る二人

高嶺織人

金木犀うつろな駅の脈となり

丸山美樹

銀木犀発金木犀着の旅

藻玖珠

観光の汽笛金木犀落ちて

潮湖島

改札はないです金木犀はこちらです

小林脱太郎

金木犀二両目の窓すれすれに

如月ぎぎる

野晒しのホーム金木犀を吸ふ

海原夏帆

木犀の香や乗り遅れ待つ車内

青光

誰も降りない金木犀ばかり濃く

智浩 はや

撮り鉄の群へ金木犀の風

五茶

結実をあまく拒みて金木犀

うに子

夜を明かす駅舎金木犀ざわわ

みづちみわ

金木犀ささやくだあれもいない駅

佐藤香珠

測量のひと木犀へ後退る

ツナ好

金木犀母校統廃合の是非

ぐわ

終着駅は金木犀の庭よ

音羽ナイル

金木犀すぎる無人駅だからって

苫野とまや

金木犀の巨樹や三島の無人駅

どこにでもいる田中

朝の金木犀ラッシュ時のつわり

とひの花穂

誰れ彼れということもなく金木犀

しせき

木犀の香を褒め話す人もなし

はま木蓮

自販機と話す朝晩金木犀

春野あかね

嫁ぐ日や金木犀の猛る駅

水鏡新

廃駅や木犀だけが生きてゐる

鈴木そら

単線の六つ目の駅きんもくせい

高見 正太

電車やっともう匂わない金木犀

となりの天然水

集札箱に切符と詩と金木犀

翡翠工房

駅員の代わりに枝を金木犀

小田毬藻

駅までに三回かをる金木犀

乃咲カヌレ

《④に続く》