第72回「木の実のカーテン」《ハシ坊と学ぼう!②》
評価について
本選句欄は、以下のような評価をとっています。
「天」「地」「人」…将来、句集に載せる一句としてキープ。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。
「並選」…推敲することで「人」以上になる可能性がある句。
「ハシ坊」…ハシ坊くんと一緒に学ぶ。
特に「ハシ坊」の欄では、一句一句にアドバイスを付けております。それらのアドバイスは、初心者から中級者以上まで様々なレベルにわたります。自分の句の評価のみに一喜一憂せず、「ハシ坊」に取り上げられた他者の句の中にこそ、様々な学びがあることを心に留めてください。ここを丁寧に読むことで、学びが十倍になります。
「並選」については、ご自身の力で最後の推敲をしてください。どこかに「人」にランクアップできない理由があります。それを自分の力で見つけ出し、どうすればよいかを考える。それが最も重要な学びです。
安易に添削を求めるだけでは、地力は身につきません。己の頭で考える習慣をつけること。そのためにも「ハシ坊」に掲載される句を我が事として、真摯に読んでいただければと願います。
季重なり
小鳥来る木の実も紅く成りにけり
ぼたん
夏井いつき先生より
「里の木の実も紅く色づき、この木の実を食べに、いろんな小鳥たちが里に下りてきている様子を詠みました」と作者のコメント。
「小鳥来る」「木の実」どちらも季語ですね。
「里の木の実も紅く色づき、この木の実を食べに、いろんな小鳥たちが里に下りてきている様子を詠みました」と作者のコメント。
「小鳥来る」「木の実」どちらも季語ですね。


季重なり
軒先の木の実渡さぬ鵯の声
すうばあば
夏井いつき先生より
「木の実」も季語ではありますね。
「木の実」も季語ではありますね。


季重なり
唐辛子干して鮮やか秋の色
一徳斎
夏井いつき先生より
季重なりではあります。
季重なりではあります。


季重なり
ホルン聞き押し寄せる鹿木の実撒く
しなやか
夏井いつき先生より
「奈良公園では、季節の風物詩として『鹿寄せ』が行われます。ホルンの音色が合図で、鹿たちが集まってくるのでごほうびのどんぐりを撒きます。『ホルン』と書けば、音はいらないと思われ、『聞く』にしました。『どんぐり』にすると季重なりになると思われ、『木の実』にしました。また、鹿も『押し寄せる』と集合してくる方にするか、『鹿駆ける』かで迷いましたが、映像なら押し寄せるかなと思いました」と作者のコメント。
私もこの現場にロケで訪れました。まさに、この通りの様子なのですが、たぶん見た人たちは似たような句を作るはずです。投げられた木の実(どんぐり)を鹿たちがどう食べているのか。そこを丁寧に描写すれば、他の人たちとは違った句が手に入るはずです。
「奈良公園では、季節の風物詩として『鹿寄せ』が行われます。ホルンの音色が合図で、鹿たちが集まってくるのでごほうびのどんぐりを撒きます。『ホルン』と書けば、音はいらないと思われ、『聞く』にしました。『どんぐり』にすると季重なりになると思われ、『木の実』にしました。また、鹿も『押し寄せる』と集合してくる方にするか、『鹿駆ける』かで迷いましたが、映像なら押し寄せるかなと思いました」と作者のコメント。
私もこの現場にロケで訪れました。まさに、この通りの様子なのですが、たぶん見た人たちは似たような句を作るはずです。投げられた木の実(どんぐり)を鹿たちがどう食べているのか。そこを丁寧に描写すれば、他の人たちとは違った句が手に入るはずです。


季重なり
風邪の窓吊り柿白く空青し
猫おっと
夏井いつき先生より
「兼題写真から吊るし柿を連想する方も多いと思いますが、私もそうなりました。ただ、吊るし柿という光景を外から見たことはあるけど、中から見たことがない! それで『中の人』を想像してみました。風邪を引いてぼんやり窓の外を見ていると、吊り柿の表面が白くなって食べごろで、背景は青空で天気もいいのにな……という情景です。あくまで吊り柿がセンターで、風邪はイントロに過ぎないので、季重なりにはならない! というチャレンジでもあります」と作者のコメント。
「風邪」という冬の季語から入ってきますので、この季語の印象はかなり強いです。これを「イントロに過ぎない」というのは、詭弁というもの。いきなり季重なりに挑まず、まずは一句一季語からコツコツ積み上げて下さい。
「兼題写真から吊るし柿を連想する方も多いと思いますが、私もそうなりました。ただ、吊るし柿という光景を外から見たことはあるけど、中から見たことがない! それで『中の人』を想像してみました。風邪を引いてぼんやり窓の外を見ていると、吊り柿の表面が白くなって食べごろで、背景は青空で天気もいいのにな……という情景です。あくまで吊り柿がセンターで、風邪はイントロに過ぎないので、季重なりにはならない! というチャレンジでもあります」と作者のコメント。
「風邪」という冬の季語から入ってきますので、この季語の印象はかなり強いです。これを「イントロに過ぎない」というのは、詭弁というもの。いきなり季重なりに挑まず、まずは一句一季語からコツコツ積み上げて下さい。


豆太の眼へ霜月の灯
稽古
夏井いつき先生より
「『モチモチの木』に発想を飛ばしました」と作者のコメント。
「モチモチの木」にいくのならば、もう少し音数をちゃんと使って、あなたならではの切り口を見せて欲しい。
「『モチモチの木』に発想を飛ばしました」と作者のコメント。
「モチモチの木」にいくのならば、もう少し音数をちゃんと使って、あなたならではの切り口を見せて欲しい。


色なき風や蔓梅擬のみ赫し
猪子石ニンニン
夏井いつき先生より
「色のない秋風が吹き抜ける中で、吊るされた蔓梅擬だけが赫く色を持っている。風の透明さと実の赫さ、その対比だけを詠みたくて、揺れは言わずに残しました。『のみ』で季重なりが回避できてるか判断がつかず、よろしくおねがいします」と作者のコメント。
「色なき風や」と詠嘆することで、こちらが主たる季語だとしたかったのだろうという配慮は分かります。とはいえ、「のみ」によってむしろ「蔓梅擬」が強調されるものですから、どちらが主役なのか、読み手としては迷ってしまいます。
「色のない秋風が吹き抜ける中で、吊るされた蔓梅擬だけが赫く色を持っている。風の透明さと実の赫さ、その対比だけを詠みたくて、揺れは言わずに残しました。『のみ』で季重なりが回避できてるか判断がつかず、よろしくおねがいします」と作者のコメント。
「色なき風や」と詠嘆することで、こちらが主たる季語だとしたかったのだろうという配慮は分かります。とはいえ、「のみ」によってむしろ「蔓梅擬」が強調されるものですから、どちらが主役なのか、読み手としては迷ってしまいます。


決めかねている思い行き合いの空
リコピン
夏井いつき先生より
「テレビの天気予報のコーナーで、『行き合いの空』という言葉を知りました。なんてすてきな言葉だろうと思い、それが季語だと知って、ぜひ使ってみたいと思いました」と作者のコメント。
「行合の空」には、以下の意味があると、『日本国語大辞典』には載っています。
① 二つの季節が行きかう空。ある季節が去り、次の季節に移り変わろうとする頃の空。
② 牽牛(けんぎゅう)・織女の二星が相会う空。七夕(たなばた)の夜の空。
季語として載せている歳時記もあれば、載せてない歳時記もあるようです。
「テレビの天気予報のコーナーで、『行き合いの空』という言葉を知りました。なんてすてきな言葉だろうと思い、それが季語だと知って、ぜひ使ってみたいと思いました」と作者のコメント。
「行合の空」には、以下の意味があると、『日本国語大辞典』には載っています。
① 二つの季節が行きかう空。ある季節が去り、次の季節に移り変わろうとする頃の空。
② 牽牛(けんぎゅう)・織女の二星が相会う空。七夕(たなばた)の夜の空。
季語として載せている歳時記もあれば、載せてない歳時記もあるようです。


どんぐりひろおうともだちになるために
たーとるQ
夏井いつき先生より
「童謡『ともだちになるために』をそのまま入れました。これも本歌取りとして認められますか?」と作者のコメント。
その童謡の歌詞を知らないのですが、曲名が「ともだちになるために」なのだとすれば、本歌取りとしては少々直接的に取り過ぎているようにも思います。
「童謡『ともだちになるために』をそのまま入れました。これも本歌取りとして認められますか?」と作者のコメント。
その童謡の歌詞を知らないのですが、曲名が「ともだちになるために」なのだとすれば、本歌取りとしては少々直接的に取り過ぎているようにも思います。


酒星や「獅子座」を換えて路地裏へ
ヒロヒ


青き空飯桐の実のたわわなり
千霞
夏井いつき先生より
「若い頃、品川区の林試の森公園(旧林業試験場)で、赤い実をたわわに付けた飯桐の木を見上げ、あまりの見事さにびっくりしたことが忘れられません。ただ、〈飯桐の実のたわわなる日和かな〉という句を発見し、類想句だと思いましたが、『たわわ』という言葉以外のふさわしい言葉が見つからず、私の大事な思い出の句としようと思い、送信します」と作者のコメント。
この先行句を私は知りませんでしたが、見つけた以上は、「たわわ」という表現は捨て、自分ならではの言葉を見つけるしかありませんね。今すぐにというわけではありません。何年もその季語のもとに通って、いつかこれぞという言葉との邂逅を待つ。それも、創作の楽しみというものです。
「若い頃、品川区の林試の森公園(旧林業試験場)で、赤い実をたわわに付けた飯桐の木を見上げ、あまりの見事さにびっくりしたことが忘れられません。ただ、〈飯桐の実のたわわなる日和かな〉という句を発見し、類想句だと思いましたが、『たわわ』という言葉以外のふさわしい言葉が見つからず、私の大事な思い出の句としようと思い、送信します」と作者のコメント。
この先行句を私は知りませんでしたが、見つけた以上は、「たわわ」という表現は捨て、自分ならではの言葉を見つけるしかありませんね。今すぐにというわけではありません。何年もその季語のもとに通って、いつかこれぞという言葉との邂逅を待つ。それも、創作の楽しみというものです。


抜け出して木の実と座るベンチかな
典典
夏井いつき先生より 評価 人
「木の実降る言われた言葉反芻す」と作者のコメント。
コメント欄に二句目が入力されているようです。どちらも人選です。
コメント欄に二句目が入力されているようです。どちらも人選です。



